お母さんの味

 僕の母は、料理がとても上手だった。
 特にカレーは絶品で、近所の子どもたちも「○○くんの家のカレーが一番うまい」と言うほどだった。

 僕が小学生の頃、母は病気で入退院を繰り返していた。
 それでも、家にいるときは必ず僕の好きなものを作ってくれた。

 母が亡くなったのは、僕が中学に上がる春のことだった。
 病状が急変し、父と病院に駆けつけたときには、すでに意識がなかった。

 母の葬儀が終わった数日後。
 父は「これから男二人だ、頑張らないとな」と言いながら、慣れない手つきで炊事洗濯を始めた。
 僕も少しずつ手伝うようになり、自然と「家族二人」の生活に慣れていった。

 ある日の夕食時、父がこう言った。

 「冷凍庫の奥に、昔お母さんが作って冷凍してくれてたカレーが残ってたんだ」
 「えっ、ほんと?」
 「せっかくだし、今夜はそれを温めて食べようか」

 僕は大喜びだった。あの味がもう一度食べられるなんて。
 湯煎されたカレーの香りは、まさに母の味そのもので、僕は夢中でご飯をかきこんだ。

 「やっぱりお母さんのカレーが一番だな!」
 「そうだな……」

 父は少しだけ微笑んだが、どこか寂しそうでもあった。

 それからしばらく、週に1回か2回、冷凍庫の奥から「お母さんのカレー」が出てきた。
 「どれだけ作り置きしてたんだよ」と僕が笑うと、父は黙ってうなずいた。

 そしてある日、僕が学校から帰ると、父が真剣な顔をして言った。

 「○○、今日はちょっと大事な話があるんだ」
 「え、なに?」
 「……実は、カレーの材料、今日で最後になった」

 僕は意味がわからず首を傾げた。
 冷凍保存されていたわけじゃないの? 材料ってどういうこと?

 「どういう意味?」と聞いても、父は「今はまだ言えない」とだけ答えた。

 その夜、最後の「お母さんのカレー」を食べながら、僕はなぜか涙が止まらなかった。

 母が亡くなってからも、ずっとそばにいてくれるような気がしていたけれど。
 父の言葉の意味を、なんとなく察してしまったからかもしれない。


【解説】

「冷凍されていた母のカレー」が何度も出てくる点に不自然さがあります。
本当に冷凍保存なら「作り置きしたカレー」が複数残っていたはずですが、
父が「カレーの材料が今日で最後」と言ったことが決定的です。

つまり、“カレーそのもの”を冷凍していたのではなく、
何かしらの「材料」を使って、その都度新しくカレーを作っていたということ。

父は、「材料」を冷凍して保存しており、それが尽きた──。
そしてその“材料”とは、もしかすると、亡くなった母の……。

真相をはっきりとは語っていませんが、
「お母さんの味」は、決して比喩ではなかったのです。

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