夏の夜、祖母の家に泊まりに行ったときのことだった。
その家は山あいの集落にあり、木造で、年季の入った建物だった。昼間は蝉の声が響き、のどかな雰囲気が漂っていたが、夜になると一変する。虫の声以外、何も聞こえない静寂の中、風の音だけが妙に耳に残るのだ。
その夜、僕は縁側の近くの部屋で寝ることになった。
布団に入ってしばらくすると、どこからか「チリン、チリン……」と風鈴の音が聞こえてきた。涼しげではあるが、外はほとんど風がない。気のせいかと思い、目を閉じた。
だが、その音は止まらなかった。
一定の間隔で、「チリン……チリン……」と、まるで誰かが手で揺らしているかのような規則性。気になって縁側を見に行くと、そこには古びたガラスの風鈴がぶら下がっていた。
「こんなのあったかな……?」
昼間見たときには、そんなものは吊っていなかったはずだ。
そっと近づいて風鈴を見上げると、風もないのにそれはわずかに揺れていた。嫌な予感がして部屋に戻ろうとしたそのとき、不意に背後から声がした。
「……きこえるの?」
振り返っても、誰もいない。
慌てて布団に潜り込んだが、風鈴の音はさらに近くから聞こえるようになった。
まるで部屋の中にまで入り込んできたように。
朝になって、祖母に風鈴のことを聞いた。
「そんなもの、うちにはないよ」
じゃあ、あれはなんだったのか。
気になってもう一度縁側に行くと、昨晩確かにあった場所には何も吊るされていなかった。
代わりに、畳の上に濡れた足跡が二つ、ぽつりと残っていた。
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