電話ボックスの女

その電話ボックスは、私の地元のはずれにある公園の横にぽつんと建っていた。
今どき誰が使うのかと思うような古いボックスで、周囲の雑草も伸び放題。
けれど、なぜか撤去されずに残っていた。

高校の頃、放課後に友人と肝試しをしたことがある。
目的地はその“電話ボックス”。

夕暮れ、まだかすかに光が残る時間帯に、私たちはそこに着いた。
ガラス張りの箱の中は薄暗く、受話器は片方のコードが断線しかけて垂れ下がっていた。

「誰かがこれに出たら怖いよな〜」と、友人が冗談めかして受話器を持ち上げた瞬間――

……プツッ。

耳元で、何かが切れるような音がした。
続けて、スピーカーから女のすすり泣くような声が聞こえた。

「……いたい……いたいよ……」

私たちは絶叫してその場を離れた。

それからしばらく、その電話ボックスのことは忘れていた。

だが大学生になって帰省したある日、たまたまその前を通った。

夜の9時過ぎだった。
街灯の少ない道を歩いていると、遠くにぼんやりと明かりが見えた。

あの電話ボックスが光っていた。

人の気配はなかった。
だが、誰かが中にいるような気配がして、思わず近づいてしまった。

ボックスの中には、女が立っていた。

長い黒髪に、白いワンピース。
俯いたまま、動かない。

「……?」

声をかけようとした瞬間、その女がゆっくりと顔を上げた。

顔が、なかった。

目鼻がすべて溶けたように崩れ、口元だけが異様に大きく開いていた。

「……きこえる……?」

受話器を持っていないのに、私の耳元にその声が響いた。

私は転ぶようにして逃げ出した。

後日、地元の知り合いにその話をすると、彼がぽつりとつぶやいた。

「あの電話ボックス、昔そこで女の人が自殺してな。
助けを呼ぼうと電話をかけたけど、途中で通話が切れたんだってよ」

以来、未練を残した“声”だけが残って、今も通話を続けているらしい

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