隣人は空室のはずだった

僕が今住んでいるアパートは、築40年以上の古い建物だ。
古びた外観に、薄暗い共用廊下。けれど駅から近く、家賃が相場よりもかなり安かったことが決め手だった。

入居当初から少し気になる点があった。
それは、隣の201号室に郵便物が山のように溜まっていたこと。
何週間も回収されていないチラシや封筒がドアポストから溢れている。

「誰か住んでるのかな」と思い、管理人に聞いたが、「201は半年以上空いてる」と言われた。
内見のときも薄暗い廊下に違和感はあったが、まぁ古い建物だからと気にしないようにした。

数週間が過ぎたある夜、寝ようとしていた深夜2時ごろ。
隣の部屋の方から「コン、コン」と壁を叩くような音が聞こえた。

僕はイヤホンもしておらず、テレビもつけていない。
しかも、201号室は空室のはず。
気味が悪くなって耳を澄ませていると、数分後に今度は「くくく……」という小さな笑い声が聞こえた。

次の日、管理人にその話をすると明らかに顔がこわばった様子で、「ちょっと確認します」とだけ言ってその場を去った。

その翌朝、アパートに警察が来た。
どうやら管理人が昨晩、201号室を確認し、内部に“何か異常”があったため通報したらしい。

後から聞いた話だが──
ドアを開けた警察は、室内の中央に立ち尽くす男を発見した。

その男は全身に新聞紙を巻きつけ、口元をガムテープで塞ぎ、誰にも気づかれぬよう物音一つ立てずに生活していたという。
部屋には家具は一切なく、床一面に新聞紙が敷き詰められていた。
そして壁の一面にだけ、びっしりと貼られていたのは──

僕の部屋の写真だった。

玄関、窓、ベランダ、リビング。
どの写真も外から撮られていて、明らかに盗撮されたものだ。
中には、カーテン越しに写る自分のシルエットもあった。

彼がどうやって部屋に入り込んでいたのか、どうやって生活していたのか、誰もわからなかった。
ただ警察は「長期間、電気も水道も契約されていなかった」と言っていた。

数日後、僕はすぐに引っ越した。

あの夜、もし壁の音に文句を言いに行っていたら──
あの男と、直接顔を合わせていたのかもしれない。

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