開かずの仏間

私の祖父母の家には、子供の頃から「絶対に開けてはいけない部屋」があった。
それは仏間と呼ばれる和室で、仏壇が祀られていたが、私が物心ついた頃には既に鍵がかかっており、家族の誰もその部屋には近づかなかった。

「なんで開けちゃいけないの?」と聞いても、祖母は決まって「いいから近づくな」としか言わなかった。

子供心に好奇心が募っていたが、祖母の剣幕に押されてその扉には触れないようにしていた。
その家は築80年ほどの古民家で、夜は廊下が軋む音や屋根裏の物音がよく響いたが、仏間の前を通るときだけ、妙な空気を感じた。温度が少し低く、空気が重くなる。何もないのに鳥肌が立った。

大学生になって一人暮らしを始め、実家に帰る機会も減っていったが、数年前、祖母が亡くなった際に久しぶりに帰省した。葬儀の準備中、親戚が集まっている中で、話題にあがったのが例の仏間だった。

「もうそろそろ開けてもいいんじゃないか」
「でもおばあちゃんが最後まで開けるなって……」

皆が口々に話す中で、結局、その場にいた叔父が鍵をこじ開けることになった。
ガチャリ、と鈍い音を立てて、長年閉ざされていた扉が開いた。

中は思っていたよりも綺麗に整っていた。埃は積もっていたが、仏壇は布で丁寧に覆われ、正面には古い白黒写真が祀られていた。写真の人物は若い女性。見覚えはなかった。

「これ……誰?」

誰に聞いてもわからなかった。ただ、祖父が一言だけ呟いた。
「母さんの妹……のはずだ。戦時中に亡くなったって聞いてる」

仏壇の前に座った叔父が布をどけた瞬間、部屋の電球が突然バチッと音を立てて切れた。
辺りが暗闇に包まれる。誰かが懐中電灯を取り出し、仏壇を照らした。

そのとき、私だけが見た。
仏壇の奥に――女が立っていた。真っ白な顔、黒い長髪、動かぬ瞳。その姿は、間違いなくさっきの写真の女性だった。

叫び出そうとした瞬間、耳元で「……ひさしぶり」と囁かれた。

その瞬間、私は気を失った。

目を覚ましたのはその夜遅く、布団の上だった。
叔父は軽い発作を起こして入院、仏間は再び鍵がかけられ、誰も近づかなくなった。

祖母が遺した日記には、こう記されていた。

「妹は戻ってきた。
私が開けなければ、あの子は眠っていられたのに。
……お願い、誰も開けないで」

あれ以来、実家には帰っていない。
だが、夜になると時折、耳元であの声がする。

「……つぎは あなた」

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