高校時代の話だ。
部活動の関係で、僕は毎日遅くまで学校に残っていた。ある日、終電近くの時間に校舎のトイレを使った。深夜の学校というだけで不気味なのに、僕が入ったのは“旧校舎”のトイレだった。
そこは、何年も前に取り壊される予定だったが、予算の関係で今も残されているらしい。使用禁止にはなっていないが、誰も近づかない。噂があったからだ。
「旧校舎のトイレの手鏡に、女が映る」
そんな話を聞いたことがある。でも、ただの怪談だと思っていた。だから、怖がる理由もなく、僕はそのトイレに入った。
個室で用を済ませ、手を洗おうと鏡の前に立った。そこには小さな手鏡が置かれていた。
誰かが忘れていったのかもしれない。
僕はふとその鏡を手に取り、何気なく自分の顔を映した。
──その瞬間、背後に“誰か”が立っていた。
僕はすぐに振り返ったが、そこには誰もいない。
鳥肌が立ったが、気のせいだと思い、鏡を元の場所に戻そうとした。
その時だった。鏡の中で、女が笑った。
口元が裂けるほどに。
僕は鏡を取り落とし、音を立てて逃げ出した。
次の日、あのトイレを見に行くと、手鏡はどこにもなかった。まるで最初から存在していなかったかのように。
それ以来、僕は一度も旧校舎に近づいていない。
ただ、今でも気になることがある。
家にある洗面台の鏡を覗くと、時々──背後に“笑う女”が映る気がするんだ。
最近、妙なことが続いている。夜中、誰もいないはずの部屋で鏡が勝手に倒れたり、風もないのにドアがわずかに開いたりする。そして何より──夢の中に、あの女が出てくるようになった。
最初は遠くで立っているだけだった。でも昨日の夢では、僕のすぐ背後にいた。口元を裂けるほどに開いて、笑いながら、こう囁いた。
「もう、逃げられないよ」
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