踏切の向こう

私の地元には、昔から“出る”と噂される踏切がある。
最寄駅から住宅街へ続く一本道にぽつんとある、遮断機のない小さな踏切だ。

電車は単線で、日中でも通る本数は少ない。
だがその場所では、何度も人身事故が起きていて、地元では「夜は通るな」と言われていた。

高校時代、私はその踏切のすぐ近くに住んでいた。
噂は聞いていたが、特に怖がりでもない私は、気にせず夜にその道を通っていた。

ある冬の夜。
塾の帰り道で、いつものようにその踏切を渡ろうとしたときだった。

向こう側に、誰かが立っていた。

薄暗い街灯の下、背の低い女の子のように見えた。
肩までの髪、白っぽいワンピースのような服。

こんな時間に小さな子ども?
時間は23時を過ぎていた。

不審に思いながらも踏切に近づいたとき、女の子は一歩、線路側に足を出した。
私はとっさに声を上げた。

「危ないよ!」

その瞬間、線路の向こうに光が見えた。
電車が来ている。

私は急いで駆け寄ろうとしたが、女の子は一歩、さらに前に進んだ。

──まさか、飛び込むつもりか?

だが、その直後。
女の子の姿は、ふっと消えた。

私は立ちすくんだまま、電車が目の前を通過していくのを見送った。

走り去った電車の先に、女の子の姿はなかった。

翌日、母にその話をすると、彼女は表情を曇らせて言った。

「あの踏切……10年くらい前に、小学生の女の子が亡くなってるの。
学校からの帰り道、友達とはぐれて、一人で踏切に入っちゃって……」

それ以来、その踏切では夜になると「白い服の子が立ってる」と目撃されるようになったという。

私はそれを聞いて、昨日見た子の姿を思い出した。

──たしかに、白っぽい服だった。

それからしばらくはその道を避けていたのだが、ある日どうしてもそちら側を通らざるを得なくなった。

夜10時過ぎ。
踏切が見えてきたとき、また向こう側に“誰か”が立っているのが見えた。

今度は、前より背が高い。
大人の女性のようだった。

私が足を止めると、その人影は一歩、線路に近づいた。

また電車が来る。

私はなぜか声をかけることができなかった。
ただ、その人影が、線路に入るのを見ていた。

電車が通過した。

そして──姿は消えていた。

次の日、ニュースで知った。

昨夜、地元の踏切で女性がはねられて亡くなったという。

私が見たのは、事故の直前だったのか?
それとも──

数日後、用事でその道を通ったとき、踏切の前に花束が供えられていた。
私は黙って手を合わせた。

その帰り道。
踏切のすぐ脇に、小さな貼り紙があるのを見つけた。

「この場所で亡くなられた方々のご冥福をお祈りします」

そして、貼り紙の隅に、小さく手書きでこう書かれていた。

「次は“誰”の番?」

私は、その一文がずっと頭から離れない。

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