私の祖父母の家は、山に囲まれた小さな村にあった。
子どもの頃は毎年夏休みにそこへ行くのが楽しみで、自然の中で自由に遊べることが何よりの喜びだった。
しかし、村にはひとつだけ「絶対に近づいてはいけない」と言われていた場所がある。
それが、**裏山の祠(ほこら)**だった。
祖母は口を酸っぱくしてこう言っていた。
「いいかい、あそこは“山の神様”がいる場所だから、子どもが行くと連れていかれるよ」
もちろん、子ども心に怖くなって近づいたことはなかった。
けれど、小学5年の夏。
同じ年頃の地元の男の子・ユウタと仲良くなった私は、ある日こんなことを言われた。
「ほんとはな、あの祠には誰もいない。ただの石だよ。見に行こうぜ」
怖かったが、ユウタが強引だったので、私はしぶしぶついて行くことになった。
裏山に分け入ると、すぐに空気が変わったのがわかった。
虫の鳴き声が消え、木の葉も揺れず、ただ湿った空気だけが肌にまとわりついてくる。
しばらく進むと、小さな石の祠がぽつんと現れた。
祠の前には丸い石が二つ、まるで目のように並んでいた。
「な、なんでもないだろ?」
ユウタがそう言って祠の屋根を軽く叩いた瞬間、背後の木々がざわめいた。
風もないのに、枝が揺れ、葉がざわざわと鳴っていた。
そして、私の耳元で、かすかな声がした。
「……かえせ……」
「今、聞こえた?」
「な、何が?」
ユウタは聞こえていないようだった。私は怖くなり、その場を離れようとした。
そのとき、ユウタがつまづいて、丸い石のひとつを蹴飛ばしてしまった。
「やべっ!」
石はコロコロと転がり、斜面を転げ落ちていった。
私は悲鳴を上げて駆け下りたが、ユウタはそのまま固まっていた。
その夜から、ユウタはうわごとのように何かをつぶやき、笑ったり泣いたりするようになった。
そして1週間後、誰にも見つからずに村から消えた。
村人は口をつぐみ、祖母も何も語らなかった。
それ以来、祠の前には、新しい丸石が三つ、並んでいた。
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