社会人2年目、引っ越し先を探していたときの話だ。
都内で家賃5万円台の1Kという好条件の物件を、不動産サイトで偶然見つけた。
立地も駅から徒歩10分以内、築年数もそこまで古くはない。まさに掘り出し物だった。
すぐに内見を申し込むと、不動産会社の担当者が少し申し訳なさそうに言った。
「こちら、事故物件なんです。内容は伏せますが、気にならなければご案内できます」
事故物件と聞いて一瞬ためらったが、金銭的な事情もあり、その日のうちに契約を決めた。
引っ越し当日。
部屋自体は清潔感があり、特に変わった様子はなかった。
ただ、ひとつ気になることがあった。部屋の角の天井近くにだけ、小さなシミがあったのだ。
よくある水漏れ跡かと思ったが、何度拭いても消えなかった。
それでも生活は順調に始まり、1週間が経った頃。
深夜、就寝中にふと目が覚めた。
耳の奥で「キーーン……」という甲高い耳鳴りが聞こえていた。
最初は気にしなかったが、翌日も、またその次の日も、決まって午前2時になると耳鳴りで目が覚めるようになった。
そして4日目、音だけでなく、誰かの声が混じっていることに気づいた。
「……きいてる……ねえ……みてる……」
はっきりとは聞き取れないが、女の声だった。
怖くなってラジオをつけたり、音楽を流して眠るようにしたが、耳鳴りは止まらなかった。
ある夜、とうとう恐怖に耐えきれず、耳鳴りが始まる前に部屋を出て近くのネットカフェに逃げた。
午前3時頃、スマホに通知が届いた。
室内に設置したスマートカメラの動体検知アラートだった。
確認してみると、部屋には誰もいない──はずだった。
しかし、天井のシミのすぐ下に、黒い髪が揺れていた。
まるで天井から誰かがぶら下がっているように。
ゾッとした。すぐに荷物をまとめて部屋を退去した。
数日後、ふと思い立ち、事故物件の内容をネットで調べてみた。
その部屋では、女性が首を吊って亡くなっていた。
発見が遅れたせいで、天井に体液が染みついたらしい。
それが、あのシミだったのだ。
今でも、午前2時になると、耳の奥であの「キーーン……」という音が蘇る気がする。
まるで、まだ彼女が部屋に居続けているかのように。
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