ある田舎の中学校での出来事だ。
俺の通っていた学校には、使われていない旧校舎があった。窓には板が打ちつけられ、教室のドアにも鍵がかけられている。だが、生徒の間ではこう噂されていた。
「3階の奥の教室には、勝手に増える“ノート”があるらしい」
俺はその噂を信じていなかった。
しかし、ある日友人の杉山とふざけ半分で旧校舎に忍び込むことにした。
夜7時を過ぎたころ、部活動が終わった後に正門を抜けて裏手のフェンスを越えた。
懐中電灯を頼りに階段を上がると、噂の“3階奥の教室”にたどり着いた。
ドアには「3-4」と消えかけたプレートがある。鍵はかかっていなかった。
中に入ると、埃っぽい空気とともに机と椅子が散乱していた。
教卓の上には一冊のノートが置いてあった。
表紙にはマジックでこう書かれていた。
「つづき かいて」
開いてみると、びっしりと鉛筆の文字で“誰かの日記”が書かれていた。
「〇月〇日 今日も声が聞こえる。誰かが廊下を歩いている。だけど姿はない」
数ページ読み進めたところで、杉山がノートを閉じた。
「つまらん…帰ろうぜ」
だが俺は気づいた。
ノートの最後のページに、「〇〇(俺の名前)、よんだね」と書かれていたことに。
名前なんてまだ誰にも話していない。杉山にも、あだ名で呼ばせていたのに。
震えながらノートを閉じ、部屋を出ようとしたその時だった。
背後から、
「つづき、かいてよ」
という声が、耳元で囁かれた。
誰の声でもない、妙に平坦な、聞いたことのない声だった。
俺たちは叫びながら階段を駆け下り、裏門から逃げ出した。
それ以来、杉山は学校に来なくなった。理由は誰も知らない。
そして、俺の机の中には、
あの「ノート」の表紙と同じものが、毎朝置かれている。
中はまだ白紙だが、開くのが怖くて、もう何日もそのままだ。
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