大学時代、下宿していた古い一軒家。
家賃が異様に安く、部屋も広かったため即決したが、大家から引っ越しのときに一つだけ注意された。
「夜中、二階には行かないように」
理由を聞いても、「古い家だから、音がするのは気にしないように」と曖昧に濁された。
実際、二階には誰も住んでおらず、家具も一切置かれていなかった。
最初の数日は何事もなかったが、引っ越して一週間ほど経ったある夜、天井の上から“ミシ…ミシ…”と足音のような音が聞こえてきた。
ネズミか猫かと思ったが、あまりに規則正しく、人が歩いているような足取りだった。
ただ、恐怖よりも好奇心が勝ち、懐中電灯を持って二階へ上がってしまった。
階段を上がると、ひんやりとした空気に包まれた。
二階には三つの部屋があり、そのすべての扉が少しだけ開いていた。
一つ目の部屋、誰もいない。
二つ目も同様。
三つ目の部屋の前に立ったとき、ふいに背後から“コン”という小さな音が聞こえた。
振り返っても何もない。
気味が悪くなり、三つ目の部屋を開けずにそのまま階下へ戻った。
それから数日後の夜、突然インターホンが鳴った。
こんな時間に?と不審に思いながらモニターを確認すると、画面には誰も映っていない。
いたずらかと思って無視していると、再び“ピンポーン”。
今度は、二階から鳴った。
慌てて上を見上げたが、当然、インターホンなんてあるはずがない。
音は確かに二階の三つ目の部屋から聞こえていた。
怖くなってその晩は一睡もできなかった。
翌朝、意を決して三つ目の部屋に入った。
中には、誰もいなかった。
ただ、床の中央に古びたインターホンの受話器だけが、ぽつんと置かれていた。
それ以来、僕は二階には近づいていない。
でも夜になると、あのインターホンの音が時々聞こえる。
“ピンポーン”
まるで、何かがずっと…呼んでいるかのように。
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