会社からの帰宅が遅くなった平日の深夜、時刻は0時を過ぎていた。
駅から自宅までは歩いて10分ほどだが、人通りもなく、あたりは静まり返っていた。
マンションのエントランスをくぐり、自室のある3階へと階段を上る。
オートロックを解除してから玄関の鍵を開けようとポケットを探ると、そのタイミングで――
「ピンポーン」
チャイムが鳴った。
驚いて顔を上げると、部屋の前には誰もいない。
そんなはずはない。今まさに自分が玄関を開けようとしていたのだ。
誰かが先に自分の部屋を訪れて、チャイムを押したということになる。
少し不気味に思いながらも、「通りすがりの誰かが間違えたんだろう」と気を取り直して中に入った。
シャワーを浴びてベッドに横になった頃には、もうチャイムのことなど忘れていた。
しかし、深夜2時を過ぎたころだった。
「ピンポーン」
再びチャイムが鳴る。
寝ぼけながらもインターホンのモニターを確認するが、画面には何も映っていない。
カメラ付きのはずなのに、真っ暗なまま。
「イタズラか……?」
そう思いながら寝直そうとした瞬間、玄関の外から、何かが擦れるような音が聞こえてきた。
ザ…ザ…と、何かがドアの表面を撫でているような音。
耳を澄ますと、小さな声が混ざっていた。
「……あけて……」
気のせいだ。そう思いたかった。
寝たふりをして朝を待った。
翌日、仕事に行く前にドアを確認した。
特に異常は――と思いきや、ドアの真ん中あたりに人の指の跡のような擦り傷が無数についていた。
黒ずんだ指の形が、何本も。
その夜は実家に泊まり、数日間戻らなかった。
しばらくして落ち着いた頃、ようやく戻った部屋のポストには、差出人不明の封筒が入っていた。
中には、自分の部屋のドアの前でこちらを見上げる人影が写った白黒写真が一枚だけ、入っていた。
コメント