俺が中学生のころに通っていた学校は、戦後すぐに建てられた古い校舎で、ところどころにヒビが入っていたり、床が軋んだりしていた。
中でも不気味だったのが、旧校舎の三階。
普段は使用されていないが、美術準備室だけがそのフロアにあり、授業のたびに誰かが鍵を借りて開けに行くことになっていた。
ある日、美術の時間に先生から「準備室の鍵を取ってきて」と頼まれた。
俺は渋々階段を上がり、誰もいない三階に向かった。
廊下の電気は消えていて、昼間なのに妙に暗い。
足音が響くなか、準備室のドアを開けようとしたそのとき──
ガタン
……と、廊下の端から物音がした。
振り返ると、誰もいない。
「気のせいか」と思い直して鍵を開け、中に入った。
道具を取り出していると、ふと視線を感じて窓の方を見る。
そこに──長い髪の女が立っていた。
真っ白な顔で、黒い制服のような服。
窓の外に、半分だけ顔をのぞかせて、じっと中を見ていた。
恐怖で体が動かず、瞬きをしたその一瞬、女の姿は消えていた。
慌てて準備室を飛び出し、先生に報告したが、当然信じてもらえなかった。
だが、それ以来、俺は三階に上がるたび、あの窓が気になって仕方なくなった。
数日後の放課後、同級生のKが「面白い噂がある」と話してきた。
「旧校舎の三階、あそこってさ、昔女生徒が飛び降りたんだって。
窓のところに足跡が残ってて、いまでも“外を覗く姿”が見えるって話」
俺はゾッとした。
……俺が見たのは、まさにその“覗いてる姿”だった。
さらに詳しく聞くと、その女生徒はいじめを苦にして自殺したと噂されていたらしい。
それからというもの、夜になると夢にあの女が出るようになった。
窓の外からこちらを見て、何かを言っている。
最初は音が聞こえなかったが、ある夜、はっきりとこう聞こえた。
「見てるの、誰……?」
目を覚ました瞬間、汗びっしょりだった。
学校には誰にも話せずにいたが、卒業が近づいたころ、ある女子が保健室で泣いていた。
理由を聞くと、こう言った。
「三階の窓から、知らない女がこっちをじっと見てた……動かないの……」
卒業式の日、俺はあえて三階に上がってみた。
誰もいないはずの廊下、静まり返った空気のなか──
あの窓だけが、ほんの少しだけ開いていた。
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