ある山奥に、泊まると「人数が増える」と噂されている古い民宿がある。
ネットではあまり情報が出てこないが、地元では有名な話らしく、「気味が悪いけど料理は美味しい」と奇妙な評判が立っていた。
大学のゼミ合宿で、僕たち6人はその民宿に泊まることになった。
予約を入れると、年配の女将さんが電話口で「6人様ですね……はい、了解しました」と妙に念を押していたのが気になった。
当日、山道を登ってたどり着いた民宿は、古びた木造二階建ての建物だった。
廊下の床はミシミシと鳴り、天井には小さな染みがいくつもあった。
しかし、出迎えてくれた女将さんはにこやかで親切で、夕食には山菜や川魚などが並び、味も素晴らしかった。
「これで一泊五千円は破格だな」と、みんなで笑いながら食事を終えた。
夜、僕たちは共有の談話室でお酒を飲みながら、他愛のない話をしていた。
そのとき、誰かがスマホで集合写真を撮ろうと提案し、タイマーで1枚だけ撮影した。
「はいチーズ!」という声と共に、6人でピースをして写真に収まったはずだった。
翌朝、朝食前にその写真を見返した友人が、急に真顔になった。
「……おい、これ見てくれ」
画面を見ると、そこには7人写っていた。
中央のやや後方に、こちらを背にした黒い服の人影。
顔は見えず、髪が肩まで伸びていて、うつむいているように見えた。
「え、誰これ……? スタッフ?」
「いや、誰も入ってこなかったよな?」
昨夜の記憶をたどるが、部屋の扉は閉まっていたし、他の宿泊客の気配もなかった。
僕たちは怖くなり、すぐに宿を出る準備を始めた。
荷物をまとめ、フロントでチェックアウトを済ませようとしたとき、女将がにっこりと微笑みながらこう言った。
「写真、綺麗に撮れましたか? あの子、ちゃんと入ってたでしょう?」
僕たちは一瞬、言葉を失った。
「え……“あの子”? 誰のことですか?」
女将は何も答えず、静かに会釈をして玄関の扉を開けた。
車に乗って民宿を後にした僕たちは、道中その写真のことを何度も話し合ったが、誰も結論を出せなかった。
結局その写真は、誰のスマホからも削除されていない。
怖くて消せなかったのだ。
あの民宿には、今も「もう一人」が泊まり続けているのかもしれない。
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