エレベーターの奥

大学2年の春、俺は古いマンションに引っ越した。
都内にしては破格の家賃。駅からも近くて条件はよかったが、築年数は40年以上で、エレベーターも昭和感のある機械式だった。

「安い理由はこれか」と思ったが、当時の俺にはそんなことどうでもよかった。とにかく一人暮らしがしたかったのだ。

入居してすぐ、ひとつだけ気になることがあった。

エレベーターに乗っていると、背後に気配を感じることがあるのだ。
もちろん、誰も乗っていない。だが、ドアが閉まる瞬間に「誰かが一緒に乗ったような」錯覚がある。

最初は気のせいだと思った。
だが、数日後から、部屋に帰ると妙な違和感を覚えるようになった。

例えば──
・閉めたはずのクローゼットが開いている
・消したはずの照明が点いている
・机の上のペンの位置が変わっている

気のせいにしたかったが、毎回どこかが“少しだけ違う”。

ある夜、深夜に買い出しへ行こうとエレベーターに乗ったとき、背後に冷気を感じた。
身をすくめてドアが閉まるのを待っていると、耳元で「どこ行くの?」という声がした。

咄嗟に振り返るが、誰もいない。心臓がバクバクして手が震えた。

翌朝、マンションの管理人にそれとなく聞いてみた。

「このマンション、何か事故とかあったりしますか?」

管理人は無言になり、数秒の沈黙のあとでこう言った。

「……あんまり言うと住みにくくなっちゃうかもしれませんがね、
10年くらい前、上の階で女性が亡くなってましてね。エレベーターが最後の目撃場所だったそうです」

それ以上は聞けなかった。

その日の夜、エレベーターには乗らず階段で帰宅した。
だが、自室の前まで来ると、ドアの下から誰かの影が見えた。

内側から、誰かが立っている──そう見えた。

鍵を持つ手が震えた。だが、意を決してドアを開けると、誰もいなかった。

だが──
部屋の中央に、濡れた足跡が一組だけ残っていた。

まるでエレベーターから一緒に“誰か”が来ていたかのように。

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