大学の近くで一人暮らしを始めたとき、住んでいたアパートの隣の部屋には、ずっと誰も入っていなかった。
古びた外観で、建物全体にうっすらと湿気の匂いが染みついていたが、家賃は破格で、駅にも近い。
それなりに満足していた。
だが、ひとつだけ気になることがあった。
隣の部屋のカーテンが、毎晩決まった時間に揺れるのだ。
誰も住んでいないはずの部屋。
管理人にも確認したが、「しばらく空室です」と言われていた。
それなのに、夜の22時になると、カーテンがふわりと揺れる。
最初は風かと思った。だが、その部屋の窓は内側からしか開けられない造りになっていた。
つまり――誰かが中にいる、ということになる。
しかも、カーテンの揺れ方が妙だった。
風で揺れているのではなく、誰かが手で引いたように、横にゆっくりとスライドするような動きだった。
怖くなって、数日はカーテンを見ないようにした。
でも気になって仕方なく、ある夜ついにスマホでその部屋の窓を動画で撮影することにした。
三脚代わりに椅子をベランダに出し、22時ちょうどに録画を開始。
画面には、しばらく何の変化も映らなかった。
……が、22時を少し過ぎたころ。
カーテンがスーッと横に引かれ、窓ガラスの向こうに“誰か”の顔が現れた。
顔全体は見えなかった。
カメラの解像度が荒かったのもあるが、目だけが異様に白く光っていたのがはっきりと分かった。
慌てて録画を停止し、翌朝すぐに管理人に動画を見せた。
しかし、管理人は首をかしげて言った。
「この部屋……鍵はずっと管理事務所で保管していて、誰にも貸してませんよ。鍵穴にも封印シールが残ってるし、誰も入れないはずです」
では、あの“目”はなんだったのか。
さらに話を聞くと、その部屋には数年前に自殺した女性がいたという。
彼女は長年のストーカー被害に悩み、ある夜、部屋の中で首を吊っていた。
発見されたのは、亡くなってから2週間以上経ってからだったらしい。
管理人は、どこか遠い目をしてこう言った。
「彼女がよくやってたんですよ、あの時間に……窓から外を見てるの」
私は震えながら部屋に戻り、動画を再生し直した。
もう一度その“目”を確認すると、今度は明らかにこちらを見て笑っているように見えた。
それ以来、私は毎晩22時になると、カーテンを見ないようにしている。
だが、それでも感じるのだ。
隣から、こちらを見ている視線を――。
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