高校時代の話だ。
 当時、僕は放送部に所属していて、文化祭の映像企画の準備のため、放課後に校舎内を撮影して回っていた。
 撮影係は僕と同級生の安藤。
 二人でカメラを持ち、普段立ち入り禁止になっている旧校舎にも足を踏み入れた。
 旧校舎はすでに使われておらず、窓も板で打ち付けられていて薄暗かった。
 埃とカビの匂いが立ち込めていて、照明もつかない。
 「なんか出そうだな、ここ」
 安藤が冗談めかして笑ったときだった。
突き当たりの部屋──「3-B」と書かれた教室のドアだけが、なぜか開いていた。
 中は真っ暗だった。
 ただ、窓の隙間から少しだけ光が入り、うっすらと教室の机が見えた。
 安藤がカメラを構えながら「入ってみるか」と言い、先に足を踏み入れた。
 僕も後に続いたが、教室の空気は異様に重く、肌がピリピリするような感覚があった。
 突然、安藤がピタリと立ち止まった。
 「……なあ、誰かいないか?」
 「え?」
そのとき、教室の奥──黒板の前に、誰かが立っていた。
 制服姿の女子生徒。
 俯いていて顔は見えなかったが、動かずにじっと立っていた。
驚いて声をかけようとしたが、安藤が僕の腕を引っ張って、無言で外へ逃げ出した。
 廊下に出た瞬間、扉が「バン!」と音を立てて閉まり、背後から何かがドアを叩く音が響いた。
 あまりに怖くて、そのまま旧校舎を出た。
その日、撮った映像を確認すると、3-Bの教室を映したシーンに異常があった。
 最初は普通の映像だったのに、黒板が映った瞬間から画面にノイズが走り、
 画面の右端に「もう来ないで」と書かれた文字が、一瞬だけ浮かんでいた。
 翌日、僕たちは顧問に報告し、旧校舎の調査が行われた。
 しかし3-Bの教室には誰もおらず、制服の痕跡もなかったという。
それどころか、校長からはこう言われた。
「……君たち、何を言ってるんだ。旧校舎に3-Bなんて教室は存在しないよ」
 安藤と一緒に現場を見に行ったが、確かにドアには「2-C」と書かれていた。
 扉の色も、部屋の位置も違っていた。
じゃあ、僕たちが入った「3-B」は──どこだったんだ?
 あの日以来、旧校舎は完全に封鎖され、取り壊しの話も出たが、
 数ヶ月後、安藤が突然、転校した。
理由は知らされなかったが、その前日、彼から届いたメールには、こう書かれていた。
「あの子、まだ映像に映ってる。削除しても、また戻ってくる」
 僕は今も、その映像データを消せずにいる。
 再生するたび、黒板の前に立つ少女が、ほんの少しずつこっちを向いている気がするのだ。

 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			 
			
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