階段の女

 大学時代、私はサークルの仲間たちと廃墟探索に出かけることが多かった。
 ある夏の夜、心霊スポットとして噂の廃ホテルへ行くことになった。
 そのホテルは、山中にある5階建ての古い建物で、10年以上前に火災事故が起きて廃業したという。

 メンバーは5人。懐中電灯とカメラを持ち、夜10時ごろに現地に到着した。
 外観は噂通り不気味で、焦げ跡の残る壁や割れた窓が、今にも崩れ落ちそうだった。

 「とりあえずロビーを見てみよう」と、先頭の友人が扉を押し開けると、
 中は煤で黒く焼け焦げ、崩れかけたシャンデリアがかろうじて天井にぶら下がっていた。
 床を踏むとミシッと音がし、全員が無言になる。

 私たちは1階から順に探索することにした。
 エレベーターはもちろん動かないので、非常階段を使うことにした。
 懐中電灯で階段を照らしながら2階へ上がる途中、後ろを歩いていた美咲がふいに立ち止まった。

 「ねえ……さっき、誰かいなかった?」

 「誰か?」

 「……女の人の足、階段の踊り場に……」

 みんなで振り返ったが、そこには誰もいない。
 気のせいだろうと笑い飛ばしたが、美咲は顔色が悪く、何度も後ろを振り返っていた。

 2階は客室が並んでおり、どこもボロボロだった。
 焦げた壁紙、崩れたベッド、割れた鏡。
 その中のひとつの部屋で、私たちは妙なものを見つけた。

 壁一面に、爪でひっかいたような跡で、こう書かれていたのだ。

 「かいだんにはのぼるな」

 悪戯にしては妙に生々しく、私たちは一瞬黙り込んだ。

 しかし肝試し気分の友人が「4階まで行こうぜ!」と提案し、全員で階段を上がることにした。

 3階へ続く階段に差し掛かったとき、私は背中に冷たい風が吹きつけるのを感じた。
 そして、背後から「カツ、カツ、カツ……」とヒールの音が階段を上ってくる。

 「……今の、聞こえた?」
 「誰かいる、後ろ!」

 懐中電灯を後ろに向けると、白いワンピースを着た女が、無表情で階段を上ってきていた。
 その顔は真っ黒に焼けただれ、目だけが異様に白く光っていた。

 全員が叫び声を上げ、階段を駆け下りた。
 女は無言のまま、一定の速度でついてくる。
 足音は「カツ、カツ」と規則正しく、少しずつ距離を詰めてくるように感じた。

 1階まで一気に降りて、出口から外へ飛び出したとき、女の姿はもうどこにもなかった。

 息を切らしながら振り返ると、ホテルの窓から何かがこちらを見下ろしていた。
 それは、私たちが見た“あの女”だった。

 帰宅後、撮影したカメラを確認したところ、階段を上る途中の映像にノイズが入り、
 その中に白いワンピースの女の姿が数フレームだけ映り込んでいた。
 顔の部分は黒く焼け焦げて、目だけがこちらを睨んでいるようだった。

 あの時の映像は、今も誰も見返そうとはしない。
 「かいだんにはのぼるな」──あの警告は、本物だったのかもしれない。

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