高校卒業後、地方の大学に進学した俺は、古びた学生寮に入ることになった。
駅から徒歩15分、築50年を超える古い木造の建物で、廊下はギシギシと鳴り、風の強い日には窓が勝手に開いたり閉まったりする。
まあ、家賃が安いから文句は言えない。
その寮には“使われていない階段”があった。
1階と2階をつなぐ中央の階段の他に、端っこにもう一つ階段があるのだが、2階へ上がる入口が木の板で封鎖されていた。
先輩たちの間では「幽霊が出るから封鎖された」と噂されていたが、誰も詳しいことは知らないようだった。
ある日、同じ寮の友人と夜中まで飲んでいて、話の流れでその階段のことが話題に上った。
「なあ、あの階段、開けてみねぇ?」
酔った勢いで、俺たちはその階段の封鎖板を外すことにした。
金槌とバールで無理やりこじ開けると、木の階段は思った以上にしっかりしていて、埃をかぶっていたが上り下りはできそうだった。
懐中電灯を手に、そっと2階へと足を踏み入れた。
階段を上がると、そこには小さな踊り場と、古びた木製の扉があった。
開けると、6畳ほどの和室。誰も住んでいないはずのその部屋は、妙に整っていた。
畳は日焼けし、押入れは開けっ放し、だが不自然なほど生活感が残っていた。
部屋の隅に、古い日記が置かれていた。
手に取ると、ページには子どもらしい文字で、こう書かれていた。
「また来た。ドアの外に立ってる。でも声は聞こえない。お兄ちゃんに言ったけど信じてくれない」
「今日は壁の中から声がする。“かえして”って、ずっと言ってる」
「もう誰もいないのに、夜になると押入れが開く」
最後のページは破れていて読めなかった。
ぞっとして日記を戻そうとしたとき、背後から何かの気配を感じた。
反射的に振り返ると──押入れの襖が、ゆっくりと閉まった。
「……誰かいるのか?」
思わず声が出たが、返事はない。
友人と顔を見合わせ、「もう帰ろう」と階段を降りた。
次の朝、寮の管理人にその話をすると、彼は真顔になってこう言った。
「そこはもう使ってないはずだよ。30年前に事故があってね、子どもがひとり……階段から落ちて亡くなったんだ」
俺たちが入った部屋は、まさにその子が住んでいた部屋だったという。
「その後、何人か入ったけど、皆おかしくなって退寮したんだ。だから封鎖してたのに……開けちまったのか」
俺たちは二度とその階段には近づかなくなった。
だが時々──夜中に、誰かが階段を上がる音がする。
封鎖されたはずの、あの古い階段から。
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