大学4年の春、就職も決まり、最後の学生生活を楽しむために、友人3人と一緒に旅行に出かけた。
行き先は山奥の温泉地。旅館ではなく、安く借りられる古民家風の一軒家に宿泊することにした。
その家は、木造で築年数が相当経っていたが、風情があり、雰囲気も良かった。
ただ、ひとつだけ変わっていたのは、2階の一室だけが鍵で閉じられていて、「開けないでください」と張り紙がされていたこと。
管理人に聞くと「古い収納部屋で、危ないから開けないでくれ」とのことだった。
特に気にせず、一日目の夜は酒を飲んで大騒ぎして寝た。
──だが、夜中。
ふと目を覚ますと、隣で寝ていたはずの友人の一人、和也がいない。
トイレかと思ったが、しばらくしても戻ってこない。
心配になり探しに行くと、2階の廊下の突き当たり、例の閉ざされた部屋の前に和也が立っていた。
ぼんやりとした様子で、ドアノブを掴んでいる。
「おい、何してんだよ!」
声をかけると、ハッとしたように振り返った和也は、何も言わずに戻ってきた。
「……なんか呼ばれた気がした」とだけ呟いた。
次の朝、昨夜のことを本人に聞いても、何も覚えていないと言う。
2日目の夜、別の友人・亮も夜中に姿を消した。
同じように2階に立っていた。部屋の前で。
そのとき初めて、不気味な感覚がした。
まるで、あの部屋が何かを呼んでいるような──。
最終日の朝。荷造りをして帰る準備をしていると、ふと目に入ったものがあった。
階段の壁に……赤黒い、手形。
乾いた泥のような、いや、もしかしたら血のようなものが、階段から2階にかけて点々とついている。
怖くなって、管理人に問い詰めた。
管理人はしばらく沈黙したあと、こう答えた。
「あの部屋で、昔一人の女の人が自殺したんだ。
婚約破棄された直後でね、最後は指を血で染めて、部屋中に手形を残していたらしい。
全部消したつもりだったが……見えたか?」
俺たちは一瞬言葉を失った。
だが、一番ゾッとしたのは、帰りの車の中。
助手席の和也が、こんなことを言った。
「なあ……あの部屋、開いてたよな?
……中、女の人がいたよ。俺、たぶん話しかけられた……」
「え? 鍵かかってたろ」
「いや、今思い出した。赤い手で……俺の腕、掴んできたんだよ……」
助手席の和也の腕には、うっすらと赤い手形の痕が残っていた。
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