私は学生時代、都内の築40年ほどの古いアパートに住んでいた。
6畳一間の狭い部屋だったが、駅から徒歩10分以内という立地の良さに惹かれて決めた部屋だった。
住み始めて数日後、ふとした違和感に気づいた。
夜になると、必ず窓の外に“誰か”が立っているような気がする。
4階なのに、ベランダに人影が差すのだ。
最初は外の街灯や隣のベランダの影が映っているのだと思ったが、よく見ると、影は微動だにしない。
しかも、カーテンを閉めても、光の加減で“それ”の存在はわかってしまう。
だが、カーテン越しに誰かがいる気配を感じる夜が何日も続いたある日、とうとう私は恐怖に負けてカーテンを開けた。
そこには──何もいなかった。
安堵と同時に、「気のせいだったんだ」と思い、少し笑ってしまった。
しかし、それから奇妙な出来事が立て続けに起こった。
部屋の隅に置いたコップが毎朝、床に倒れている。
夜中、誰かが部屋の中を歩き回るような音がする。
録画していたテレビ番組が、なぜか途中で停止されていた。
そして、決定的な夜が来た。
その日は大学の課題が終わらず、深夜2時過ぎまでパソコンの前にいた。
ふと顔を上げると、カーテンの隙間から“目”がこちらを見ていた。
人の目だった。
4階の窓の外から、明らかに人の目が覗いていた。
私は悲鳴を上げて部屋の電気をつけ、すぐに警察に通報した。
警察は駆けつけてくれたが、外には足場も足跡もなく、防犯カメラにも不審者の姿はなかった。
それでも私は怖くて、その日から寝るときは必ず電気をつけ、カーテンを二重に閉めるようになった。
ある日、大学の先輩にその話をした。
すると、先輩は急に顔を曇らせ、こう言った。
「お前の住んでるアパートって、○○荘の402号室じゃないか?」
「そうですけど……なんでわかるんですか?」
「昔、同じサークルの先輩がそこで住んでて、飛び降り自殺したんだよ。
部屋からじゃなくて、隣の部屋のベランダから飛んだんだって」
その話を聞いた夜、私は気づいてしまった。
私の部屋のベランダと、隣の部屋のベランダはわずかに繋がっている。
隣の部屋のベランダからなら、うちの窓を覗くことができる。
私は恐る恐る、隣室の情報を確認した。
そこには誰も住んでいない。
少なくとも、契約当時からずっと“空室”のはずだった。
では、毎晩、私の窓の外に現れていた“目”は──
誰のものだったのだろうか。
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