祖母の押し入れ

私の祖母の家は、築六十年を超える古民家だった。田舎にしては広く、部屋が六つもあり、床の軋む音が常にどこかから聞こえていた。

私は小学生の夏休み、毎年そこに一週間ほど泊まりに行っていた。縁側でスイカを食べたり、近くの川で遊んだりするのが楽しみだったが、家の中にはひとつだけ、決して近づかないようにしていた場所がある。

それは祖母の部屋にある「押し入れ」だ。

その押し入れは、異様に古びていて、木の色も他の部分と違って黒ずんでいた。開けることはできるのだが、祖母はいつもこう言っていた。

「そこは、開けたらいかんよ」

理由を聞いても答えてくれず、ただ「開けたらいかん」と繰り返すだけだった。

ある年、私は好奇心に負けて、夜中にこっそり押し入れを開けてみた。祖母が隣の部屋で眠っている間に、静かに襖をスライドさせた。

中には何もなかった。

少なくとも、そう見えた。真っ暗で何も見えず、奥行きも浅く、ただ空っぽの空間だった。

ホッとして襖を閉めようとしたときだった。

押し入れの奥から、「かさっ」という音がした。

何かが動いた。私は思わず襖を閉め、布団にもぐりこんだ。朝になるまで一睡もできなかった。

翌朝、祖母に何気なく「押し入れの中って何があるの?」と聞いてみた。すると、祖母はふと目を細めてこう言った。

「……昔、あそこにね、赤ん坊が入れられてたんよ」

「え? どういうこと?」

「戦争の頃よ。子どもが多すぎて、泣き声が敵に聞こえたら困る言うて……」

祖母はそれ以上話さなかった。私は背筋が凍るのを感じた。押し入れの奥で聞いた「かさっ」という音が、ただの音ではなかったのだと確信した。

それ以来、祖母の家に泊まりに行くことはなくなった。

そして数年後、祖母が亡くなったとき、遺品整理であの押し入れを開ける機会があった。私は何も言わず、親戚たちが見ていない隙に、そっと開けてみた。

中には、古びた木箱が一つ置かれていた。

蓋を開けると、ぼろぼろになった赤ん坊の着物が一枚。

そして、その下には白黒の小さな写真。

まだ目も開いていない赤ん坊が、ぎゅっと拳を握ってこちらを見ていた。

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