俺が一人暮らしを始めて2年目の頃、都内の古いマンションに引っ越した。
駅からは少し遠かったが、家賃も安く、部屋も広くて満足していた。
入居してから1週間ほど経ったある夜、午後11時を過ぎたころだった。
突然、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
こんな時間に誰だ? と思いながらモニターを確認すると、誰も映っていない。
「イタズラか?」
不快な気分で寝ようとしたが、深夜1時、再びインターホンが鳴った。
やはり誰も映っていない。
翌日、管理会社に問い合わせたが、防犯カメラには誰も映っていないとのこと。
「インターホンの誤作動かもしれませんね」と言われたが、気味が悪かった。
それからというもの、深夜のインターホンは毎晩鳴るようになった。
決まって午前1時頃。
録画機能を試したが、やはり「訪問者なし」。
誤作動にしては時間が正確すぎる。
ある夜、俺はモニターの前で待ち構えた。
午前1時きっかり。「ピンポーン」
すぐに画面を確認する──映っていたのは、女の後ろ姿だった。
髪が長く、白い服を着ていて、まったく動かない。
カメラに背を向けたまま、インターホンの前に立っている。
怖くなってドアチェーンを確認し、部屋の電気をすべて消して静かに息をひそめた。
画面を見ると、女は少しずつドアに近づいているようだった。
しかし、ドアノブの音はしない。鍵もガチャリともいわない。
突然、画面がノイズで真っ白になり、数秒後に映像が消えた。
そして、翌朝。玄関前に小さな紙切れが落ちていた。
『あなたの後ろにいます。開けて。』
俺はすぐに引っ越しを決めた。
だが、引っ越しの準備中にも、インターホンは鳴り続けた。
ついには、昼間にも鳴るようになり、画面には常に「誰も映らない」。
引っ越し当日、荷造りを終えて玄関を出た瞬間──背後から、
「なんで逃げるの?」
女の声が、耳元で聞こえた。
振り返っても、誰もいなかった。
以来、俺は絶対にインターホンが鳴ってもすぐには出ないようにしている。
いまでも時折、夜中に「ピンポーン」という音が耳の奥で鳴る気がする。
コメント