四階の部屋

大学時代の友人・田村が、妙な物件に住んでいた。
 築年数が浅く、見た目もきれいなのに家賃が相場よりずっと安いという。
 「怪しいだろ?」と笑いながら案内されたそのアパートは、外観も内装も普通だった。

 ただ、ひとつだけ奇妙なことがあった。
 その建物には三階までしか階段がなかったのに、田村は“四階”の部屋に住んでいた。

 「え?でも階段三階までしかなかったよな」
 「うん、でもエレベーター使えば四階に行けるんだよ」

 そう言って案内されたエレベーターには、「4」のボタンが確かに存在していた。
 押すと普通に動き、確かに四階に到着した。
 けれど──廊下に出た瞬間、空気が一気に重くなったのを覚えている。

 照明はついているのに薄暗く、妙に湿気たような匂いが鼻についた。
 他の部屋には誰も住んでいないのか、ドアの表札もなく、静まり返っていた。

 田村の部屋は「402号室」。
 普通の1Kで、清潔にしてあったけれど、どこか落ち着かない空気があった。

 「なんかさ、この部屋、夜になると壁の向こうから声が聞こえるんだよ」
 田村は笑いながらそう言ったが、その目は笑っていなかった。

 「最初は隣の音かと思ってた。でも、隣の部屋、ずっと空室なんだってさ」

 俺が「気味悪いな」と言うと、田村はふざけてこう言った。

 「いやー、たぶん四階そのものが、存在しちゃいけないんだよ」
 「え?」
 「管理会社の案内図とかにも、三階までしか書いてないんだぜ」

 それ以来、俺は田村の部屋に近づくことはなかった。
 ただ、ある日ふと思い立って、あのアパートのことをネットで調べてみた。

 驚いたことに、数年前まで「四階」は存在していなかったことが分かった。
 以前の構造図では「三階建て」と明記されており、リフォームの記録にも四階の増築は載っていない。
 さらに、別の掲示板にはこんな書き込みがあった。

「○○アパートには“幽霊階”がある。四階は存在してはならない空間。
かつてエレベーターが故障して、そこで亡くなった住人が今でも……」

 ゾッとした。

 その週末、田村に連絡を取ろうとしたが、何度かけても出ない。
 仕方なく部屋を訪ねたが、インターホンを押しても応答がなかった。
 管理会社に問い合わせると、**「そんな住人はいません」**と返された。

 不審に思い、事情を話して警察と一緒に部屋を確認してもらうと、
 エレベーターの「4階」ボタンはいつの間にか消えていた

 管理人も「この建物に四階なんてありませんよ」と言った。
 確かに、非常階段にも四階は存在しなかった。

 田村のいた部屋は、存在ごと消えていた。

 それ以来、あのアパートには近づいていない。
 ただ、ときどき夢に見るのだ。あの薄暗い廊下と、田村が立っていた402号室の前を──。

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