大学進学を機に、地方都市の築年数の古いアパートへと引っ越した。
家賃が格安で、駅も近く、条件としては申し分なかった。ただ一点、気になる点があった。
それは、部屋番号が「201号室」だったにもかかわらず、建物には「202号室」がなかったことだ。
大家に聞いても、「元々そういう構造なんですよ」と曖昧な返答が返ってくるだけ。
だが確かに、部屋番号は201の隣が203になっていた。つまり、壁1枚分の空白があるはずなのだ。
ある日、ふと夜中に目が覚めた。午前3時。隣の壁から、何かを引きずるような音がする。
だが、隣は203号室で、昼間挨拶を交わした青年が住んでいたはずだ。
次の日、念のため「昨夜、何か荷物でも運ばれてましたか?」と聞いてみたが、「え?いや、寝てましたけど…」と困惑された。
その日を境に、毎晩のように音がするようになった。
擦るような、引っかくような、低いうなり声のような。
最初は夢かと思ったが、スマホで録音してみたところ、確かに音が入っていた。
我慢できず、管理人に話すと「気にしすぎですよ」と笑われた。
それでも納得できず、深夜に懐中電灯を持って部屋を調べることにした。
201と203の間の壁を、手のひらで叩いてみる。
すると、ある一部分だけが「コン」と空洞音を響かせた。
そこは、ちょうどクローゼットの中の壁面だった。
ネジで固定されていた棚を外すと、木の板が1枚張られているだけだった。
私は工具で少しずつ板を剥がしていった。すると、その奥には…古いドアがあった。
ドアには鍵がかかっていたが、無理やりこじ開けると、埃の積もった真っ暗な部屋が現れた。
部屋の奥には、白い布に覆われた何かがあった。私はためらいながら布をめくった。
そこには、鏡があった。
ただの姿見だ。だが、映った自分の背後に、何かがいた。
暗闇の中でも、はっきりと、女の長い髪が見えた。
私は叫び声をあげて部屋を飛び出し、ドアを閉め、板を釘で打ち直し、クローゼットを元に戻した。
だがそれ以来、夜になると壁の向こうから「鏡返して…」と、ささやく声が聞こえるようになった。
私は今でも、その部屋に住んでいる。
202号室が存在しないことは、誰にも言っていない。
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