2つ目のランドセル

小学1年生の娘を持つ父親です。
妻と3人で静かに暮らしており、娘の学校生活にもようやく慣れてきた様子で、毎日元気に登校しています。

朝は私が仕事で早いため、娘の登校は主に妻に任せています。
夜はできる限り早く帰宅して、夕食を一緒に取るようにしていました。

ある日、残業で帰りが遅くなり、22時ごろ帰宅すると、リビングに見慣れないランドセルが置かれていました。

「……ん?」

我が家には娘は一人だけですし、当然ランドセルもひとつしかありません。

私:「これ、どうしたの?」

妻:「え?何が?」

私:「このランドセル。いつものとは別じゃない?」

妻は少し間をおいてから答えました。

「えっと……あぁ、それ、前に使ってたやつよ。ほら、最初に買って合わなかったって言ってたやつ。覚えてない?」

そんな話を聞いた覚えはない。

それに、今使っている赤いランドセル以外に買ったことなんてなかったはずだ。

違和感を覚えつつも、疲れていたこともあり、その日は深く追求せずに寝ることにした。

数日後の夜。

娘の部屋で使わなくなった教科書を整理していたところ、引き出しの中から1枚のプリントが出てきた。
そこには「〇〇小学校 1年2組 たなか あい」と書かれていた。

──うちの娘の名前は、“さとう りな”。

プリントの日付は2日前。授業内容も現行のものと一致していた。

「……誰の?」

不思議に思って妻に聞いてみた。

私:「これ、誰のプリント?」

妻:「あぁ、それも前にお友達と交換して持って帰ってきたやつよ。りなが間違えてね。すぐ返すって言ってたけど」

そんなやり取りがあったのなら、娘から聞いてもいいはずなのに──娘はそのことについて一切触れていない。

なんとなく気持ちが悪かった。

そして決定的な出来事が起きた。

その夜、私が帰宅すると、廊下の電気がつけっぱなしになっていた。
誰かが廊下を走るような音が聞こえた気がしたが、家族は全員リビングにいた。

「今、誰か廊下通った?」

と聞くと、妻も娘も首を振った。

だが、娘のランドセルが“ふたつ”になっていた。

1つは、いつも使っている赤いランドセル。
もう1つは、名前の刺繍が入った**「たなか あい」のランドセル**だった。

私は凍りついた。

妻に問い詰めると、青ざめた顔でこう言った。

「……あのね。りな、最近たまに、“もう一人のお父さん”の話をするの」

「もう一人……?」

「“学校の帰りに一緒に帰ってきた”とか、“うちにいる”って……」

それからというもの、リビングの電気が勝手についたり、風もないのにカーテンが揺れたりと、小さな異変が続いた。

そして先日、私はある光景を目撃してしまった。

朝、出勤しようとしたとき、リビングで娘が誰かと話していた。

「今日も、帰りに一緒に来ていいからね。
パパもママも気づいてないけど、わたしはちゃんと“2人いる”の、知ってるよ」

そう言って、娘はふたつのランドセルを手に持っていた。

1つは、真新しい赤いランドセル。
もう1つは、少し古びた型落ちのランドセル。

──誰かが、うちに入り込んでいる。
“娘”として。

だが、どちらが本物なのか──わからなくなってきた。


■ 解説

この話の怖さは、**“娘が2人いるのではないか”**という読後の不安にある。

ポイントは以下:

  • 娘の名前は「さとう りな」のはずなのに、「たなか あい」のプリントやランドセルが現れる。
  • 妻は不自然な説明をしてごまかしている。
  • 娘は「もう一人のお父さんがいる」「一緒に帰ってきた」と話している。
  • ラストでは“2つのランドセル”を手にし、明らかに“2人”を認識している様子。

つまり、「たなか あい」という存在が、“りな”の影に重なって、
徐々に家族の中に入り込んでいることが読み取れる。
そして最後の不気味なポイントは、「どちらが本物かわからない」という父親の視点の揺らぎである。

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