隣の部屋の住人

大学進学を機に、初めての一人暮らしを始めた。
築年数は古いが家賃は格安で、キャンペーン中ということもあり即決した。

隣の部屋も誰か住んでいるらしく、深夜になると時々、物音や小さな咳払いが聞こえてきた。
壁は薄いらしく、ドライヤーの音や、テレビの笑い声もたまに漏れてくる。

だが、その住人とは一度も顔を合わせたことがなかった。

ある日、ゴミ出しに行った帰り、たまたま大家さんと会った。
挨拶を交わしたついでに、何気なく尋ねてみた。

「隣の人ってどんな方なんですか?」

すると大家さんは首をかしげた。

「え? 隣? 今は空き部屋だよ。ずっと誰も入ってないはずだけど……」

一瞬、頭が真っ白になった。
「でも、夜になると音が聞こえるんです。テレビの音とか咳払いとか……」

「……それ、たぶん気のせいだよ。壁も古いし、たまに水音が反響することもあるからね」

納得がいかなかったが、それ以上は深く追及しなかった。

その夜、意識して耳を澄ませてみた。
やはり聞こえる。隣の部屋から微かな音。

「カタン……」
「クスクス……」
そして──誰かがこちらの壁をノックする音。

怖くなって布団をかぶり、そのまま朝を迎えた。

次の日、意を決して隣の部屋のドアに耳を当ててみた。
中から、微かにテレビの音が聞こえた。ニュース番組の声。
だが、部屋の電気メーターは動いておらず、ポストも空っぽだった。

不安になり、警察に通報した。

数時間後、警察官が鍵を開け、中を確認してくれた。
結果は「誰もいなかった」。生活感もなく、空き部屋そのものだった。

それなのに、戻ったその夜もまた、隣から音がした。
笑い声、咳、そしてノック。

──そしてある日、壁に何かが貼られているのに気づいた。
画鋲で留められた、古びたポラロイド写真。

こちらの部屋の窓を、外から撮ったものだった。

そこには、布団をかぶって寝ている自分が映っていた。

背筋が凍った。

貼り紙の裏に、こう書かれていた。

「見てるよ。隣からずっと。」

そして、今も夜になると、壁の向こうからノックが響く。

誰もいないはずの、隣の部屋から。

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