中学1年の夏頃のこと。
俺が通っていた学校では、通学路に立って生徒に挨拶してくる中年の男がいた。
スーツ姿で、いつも同じ場所に立っている。
朝になると「おはよう!」と笑顔で声をかけてくるので、俺も最初は軽く会釈していた。
そのうち、男は俺の名前を呼ぶようになった。
「○○くん、おはよう!」
「今日は暑いね、気をつけて行ってらっしゃい!」
クラスの誰かが親にその話をしたところ、学校を通じて注意喚起が出された。
「通学路にいる不審者には話しかけないように」というやつだ。
先生は「保護者でも、関係者でもありません」と断言していた。
その日から俺は、男の目を見ないようにして通るようになった。
でも、男はやめなかった。
俺の名前を呼び続け、ある日には「じゃあ、また明日ね」と言ってきた。
誰も答えず、男の声だけが通学路に響いていた。
ある朝、男の姿がなくなった。
学校でも「もう来なくなったらしい」とちょっとした話題になり、それっきり忘れていた。
それからしばらくして、部屋でテレビを見ていた母がふとこう言った。
「そういえば、あんたの通学路にいたおじさん、昨日テレビに出てたよ」
俺は驚いて振り返った。
「なんか…事件起こしたみたいで。顔映ってた。ちゃんと見てないけど…たしか“連れ去り”とかなんとか…」
背筋が凍った。
名前を呼ばれた回数、あいさつの内容、見られていた時間……全部が頭の中で再生される。
そして次の日の朝、通学中にふと見た電柱に、ビラが貼られていた。
「○月○日 ○時頃、通学中の男子生徒に声をかけていた男を目撃した方はご連絡ください」
そこに書かれていた時間は、俺が通っていた朝の時刻とぴったり一致していた。
コメント