大学進学で一人暮らしを始めてからというもの、実家の母とはよくLINEでやり取りをしている。
母はスマホに詳しくないくせに、頑張ってスタンプを送ってきたり、写真を送ってきたりと、少し過保護気味なところもあるが、それもどこか微笑ましかった。
その日も、夜の講義を終えて帰宅し、夕飯を食べていたときのことだった。
スマホにLINEの通知が届いた。
送信者は「母」。
内容は、たった一言。
「今どこにいるの?」
ん?
珍しいな、こんな時間に。
「家だよ。夕飯食べてる」
そう返すと、数秒後に既読がつき、すぐに返信が来た。
「そっか、安心した」
なにかあったのか?と思って電話をかけてみたが、コール音が鳴るだけで出なかった。
母にしては珍しい。
だが、まあ大したことではないだろうとそのときは気にせず、皿を洗って寝る準備をした。
翌朝。
母から着信があった。
「もしもし?昨日、LINEありがとね」
「ああ、びっくりしたよ。なんだったの?」
「え?LINEなんて送ってないけど?」
私は一瞬、思考が止まった。
「いや、送ってきたよ。“今どこにいるの?”って」
母は数秒沈黙したあと、小さく言った。
「……スマホ、昨日の夕方からずっと電源切ってたよ。バッテリー切れてて」
そんなはずはない。
昨日、確かに既読がつき、リアルタイムでやり取りをした。
既読をつけるには、アプリを開いている必要がある。
LINEの履歴を確認してみると、たしかに「母」のアカウントから来ていた。
「お母さん、そのLINEのパスワードとか誰かに教えた?」
「いや、絶対にない」
不安になって、ログイン履歴を確認しても、特に別端末でのログイン記録はなかった。
気持ち悪くなり、とりあえず通知をオフにした。
その日の夜。
また「母」からLINEが来た。
「今、家にいるの?」
返信はしなかった。怖かった。
すると、5分後にもう一通。
「なんで返事しないの?そこにいるんでしょ?」
背筋が凍った。
私は、スマホの電源を切り、寝ることにした。
しかし、深夜2時すぎ。
部屋のチャイムが鳴った。
恐る恐るインターホンのモニターを見ると、そこには誰もいなかった。
次の瞬間、スマホが振動した。
電源を切ったはずのスマホが勝手に再起動されていた。
画面には、LINEの通知が一件。
「ああ、やっと見てくれた」
そして最後に送られてきたスタンプは、私が母にしか使っていない、クマの“おやすみ”スタンプだった。
私は、スマホを床に落とした。
──誰かが、私と母のやり取りを“なりすまして”再現している。
そして、その“誰か”は、私の現在地を把握している。
それ以来、私は「母」のアカウントをブロックした。
数日後、母から直接電話がかかってきた。
「ねえ、どうしてLINEで返事くれないの?ずっと“既読”にはなってるのに」
■ 解説(オチ)
物語の怖さは、「母になりすました何者か」がLINEを通して主人公に接触してきた点ではなく、母本人が“既読がついている”ことを知っている=今も主人公のスマホにアクセスしている者がいるという事実にある。
つまり、母のアカウントをブロックしても、誰かが**すでにスマホの中に入り込んでいる(あるいは端末を乗っ取っている)**可能性がある。
さらに怖いのは、スタンプなどの私的なやりとりまで模倣されていること。
つまり、ただのなりすましではなく、**親子間の会話内容そのものを“記録して観察している存在”**がいるという点で、物理的な侵入か、超常的な存在かはあえて曖昧にされている。
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