俺には6つ下の妹がいる。
いや、正確には「いた」と書くべきなんだろう。
妹は明るくて活発な子だった。よく笑い、よく泣き、俺にベタベタくっついてくる子どもだった。
高校生の俺は少し鬱陶しく思いながらも、妹とよく遊んだ。
だが、小学4年の冬、妹は事故で亡くなった。
横断歩道を渡っているとき、スリップした車にはねられ、即死だった。
あれから俺は、長い間立ち直れなかった。
妹がよく使っていた部屋はそのままにして、家族は誰も入らないようにしていた。
大学に入り、一人暮らしを始めても、時々ふと「妹が生きていたら」と思うことがある。
ある日、実家の母からLINEが届いた。
「最近、妹の部屋から声がするの。一度帰ってきてくれない?」
俺はゾッとした。
母は心霊現象とかを信じるタイプではない。
でも、その文面からは本気の不安が伝わってきた。
久しぶりに実家に戻った俺は、妹の部屋の前に立った。
何年も閉じられたままの扉。ノブをゆっくり回すと、ギィ…と音を立てて開いた。
中は、あの頃のままだった。ベッドの上に置きっぱなしのぬいぐるみ、折れた色鉛筆、妹の好きだったピンクのカーテン。
埃っぽい空気にむせながら、俺は部屋を一歩踏み込んだ。
すると、背後で「おにいちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。
思わず振り返ったが、誰もいない。
母は階下にいて、俺しかこの部屋にいないはずだ。
妹の部屋を調べたが、特に異常はなかった。
ただ、クローゼットの扉にだけ、小さな手形がびっしりと付いていた。
気味が悪くなった俺は、部屋を後にしてリビングへ戻った。
母は笑って迎えてくれたが、なんとなくその笑顔に違和感があった。
その夜、母のスマホがテーブルに置きっぱなしになっていたので、ふと画面を見た。
通知の履歴には、俺と妹のLINEグループでのやり取りが残っていた。
グループ名は「兄妹専用」。
でもそこには、俺の名前だけが登録されていた。
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