高校の頃、毎朝同じ時間に登校していた。
通学路には小さな神社があり、通るたびに手を合わせていたのを覚えている。
ある日、珍しく寝坊してしまい、急いで家を飛び出した。
普段より20分遅い時間。人気のない通りを駆け抜け、神社の前を通り過ぎたときだった。
「……落としたよ」
背後から声がした。
驚いて振り返ると、誰もいない。
風の音かと気にせず走り出すと、再び声が聞こえた。
「落としたよ。落としたってば」
今度ははっきりと聞こえた。
振り返っても、そこにはただの神社があるだけだった。
気味が悪くなりながらも遅刻はできないと学校へ向かった。
その日は特に何もなかったが、家に帰ってポケットの中を確認してハッとした。
お守りがない。
神社で受験前にもらった、大切なお守りだった。
「あれが“落とした”って意味だったのか」と思い、翌朝、少し早起きして神社へ行ってみた。
すると、鳥居の下に確かに自分のお守りが落ちていた。
拾い上げてホッとしたと同時に、背筋がゾワッとした。
――どうして、あの神社が“お守りを落とした”と知っていた?
その日から、変なことが続いた。
教室で自分のロッカーが何度も開いていたり、机の上に見覚えのない紙が置かれていたり。
その紙には、こう書かれていた。
「今度は、忘れないでね」
誰の字だろう?と首をかしげながら裏を見ると、学校の住所と自分の名前が書かれていた。
そして、神社の名前も。
翌朝、ふと思いついて、お守りをもらったときのことを母に聞いた。
「あのお守り、あの神社で一緒に買ったんだよね?」
母は不思議そうな顔をして言った。
「何言ってるの。あの神社、もう十年以上前に取り壊されたでしょ?」
「え……?」
「火事で全焼したの、覚えてない?あんたが小学生の時よ」
じゃあ、あの日――僕が通り過ぎて、声を聞いたあの神社は、いったい何だったんだ?
落とし物を拾った場所に戻ってみた。
何もなかった。
ただ、鳥居のあった場所に、小さな白い紙が落ちていた。
「また、忘れたら取りにおいでね」
誰に?
何を?
まだ、思い出せていないだけなのかもしれない。
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