大学の夏休み、久しぶりに実家に帰った。
両親は旅行中で、家には俺ひとり。
高校まで過ごした懐かしい部屋で、のんびりする時間は悪くなかった。
2日目の夜。
シャワーを浴びたあと、リビングでジュースを飲んでいると、2階からドタドタと足音が聞こえた。
「ん?」
誰もいないはずなのに……と不思議に思いながら階段を見上げたが、音はすぐに止んだ。
風か、家鳴りか。
そう思って特に気にせず、その日は寝た。
翌日。
近所のコンビニから戻ると、玄関の鍵が開いていた。
出かける前に、鍵をかけた記憶はある。
不安になって家の中を確認したが、荒らされた形跡はなかった。
その夜、また2階から物音がした。
今度は、誰かが歩き回っているような音。
重く、規則的で、明らかに人間の足音だった。
「まさか……誰か侵入してる?」
俺はポケットからスマホを取り出し、録画しながら階段を上がった。
2階の廊下に出たが、誰もいない。
部屋も全部空っぽだ。
だが、ひとつ気になることがあった。
兄の部屋のドアが半開きになっていたのだ。
兄は社会人で、数年前に県外に就職して家を出ている。
今は使われていないはずのその部屋から、ほんのりと洗剤のような匂いがした。
そっと中を覗いたが、誰もいない。
ただ、ベッドのシーツが整えられていて、まるで誰かが最近まで使っていたかのようだった。
翌朝、兄に連絡してみた。
「なあ、最近帰ってきたりしてた?」
『いや、してないよ? 何かあった?』
「いや、なんか部屋がちょっと……整ってるっていうか」
『鍵なら母さんが持ってるし、俺の部屋なんて何年も開けてないよ』
俺はそれを聞いて、さらに不安になった。
母にも確認したが、「兄の部屋には触っていない」と言う。
その夜、俺は寝室のドアに鍵をかけて寝た。
深夜、ドアノブが「カチャカチャ」と音を立てたが、鍵がかかっているため誰も入ってこられなかった。
翌朝、ドアの前に、紙が一枚滑り込ませてあった。
「起きてたの?」
その文字は、どこかで見覚えのある字体だった。
ぞっとした俺は、そのまま荷物をまとめて家を出た。
駅まで向かうタクシーの中で、ふと思い出した。
兄の部屋の机の引き出しには、昔の手紙や日記が入っていた。
あの筆跡は……兄の字だ。
でも、兄は帰ってきていない。
鍵も持っていない。
なら、誰が──?
俺は恐る恐るスマホを取り出し、昨日録画した2階の映像を再生した。
誰もいないはずの廊下。
カメラが兄の部屋を映したとき、画面の奥でドアが一瞬だけ閉まる動きがあった。
誰かが中にいる。
でも、それだけじゃない。
再生を何度も繰り返し、あることに気がついた。
廊下にある家族写真──
そこに写っているはずの俺の写真が、無くなっていた。
■ 解説(オチ)
この話の怖さは、「誰かが家にいる」という点に加えて、徐々に“兄と入れ替わっている”ような違和感がにじみ出てくる点にある。
兄の部屋が使われていた形跡、兄の筆跡のメモ、家族写真から自分の姿が消えているなど、**主人公の存在が薄れている(あるいは“乗っ取られている”)**ことが暗示されている。
「今いるのは誰なのか?」という視点の逆転が、読後に不気味さを残すポイントとなっている。
コメント