ベランダの男

大学に通うために一人暮らしを始めたアパートは、築年数は古いものの、駅からも近く、家賃も安かった。
周囲は静かで、隣人の物音もあまり聞こえない。最初のうちは快適だった。

ところが、ある日から違和感を覚えるようになった。

夜になると、ベランダの方から視線を感じるのだ。

カーテンを開けても誰もいない。
ただ、向かいのアパートのベランダに、たまに男が立っているのが見えた。

暗くて顔はよく見えないが、無言でじっとこちらを見ている。

最初は気のせいかと思っていたが、数日後、友人が遊びに来た際にこう言った。

「なあ、なんでベランダにあんな怖い男いるの?」

私は慌ててベランダを見たが、もう誰もいなかった。

「やっぱ変だよ。引っ越した方がいいんじゃない?」

そう言われても、引っ越しなんて簡単にできるわけもなく、なるべくベランダに近づかないようにして過ごすことにした。

ある日、遅くまで課題に追われ、ベッドに倒れ込んだ私は、不意に目を覚ました。

耳元で「いるよ……」というささやき声がした気がした。

飛び起きて辺りを見回すと、部屋には誰もいない。

だが、ベランダのカーテンの隙間から、何かが揺れていた。

翌朝、意を決して警察に相談し、来てもらった。

部屋の中に不審者の痕跡はなかったが、警官の一人がベランダを見てこう言った。

「ここ、足跡がありますね。でも……」

警官は不思議そうに首をかしげた。

「この足跡、**外から来たんじゃなくて、“中からベランダへ向かっている”足跡ですよ」

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