娘が「保育園で描いたんだ〜」と、小さなスケッチブックを嬉しそうに見せてきた。
表紙には「いえでの いちにち」と書かれている。
いわゆる、“家族の一日”をテーマにした絵日記らしい。
ページをめくると、色鉛筆で描かれた家族の絵が出てきた。
1ページ目には、朝ごはんの風景。
ママと娘と、もうひとり──顔が塗りつぶされた男の人。
「これ、お父さん?」と聞くと、娘は首を横に振る。
「ちがうよ、こっちがおとうさんだよ」
指差したのは、次のページに描かれていた、小柄な男性。
……あれ?
その男性、よく見ると僕ではない。
髪型も違うし、めがねもしてる。そもそも、顔立ちも幼い。
「この人、誰?」
と聞いてみたが、娘は少し困った顔をして、「わかんない」と答えた。
なんとなく気味が悪くなり、それ以上聞かなかった。
次の日の夜。
妻がぼそっと言った。
「ねえ……今日、りなが“もう一人のお父さんが遊びに来た”って言ってて」
「またあの絵の話?」
「ううん……今日は、“リビングでごはん食べた”って。
ほら、私たち買い物行ってたじゃない? あの間に誰か来てたって……」
「鍵閉めてたよな?」
「もちろん。でもね、冷蔵庫のプリン、ひとつ減ってたのよ」
気味が悪かった。
娘の空想かもしれない。けど、プリンが減ったのは事実だ。
それから数日後。保育園の先生から連絡が来た。
「最近、“ふたりのお父さん”って言って、少し様子が変なんです」
話によると、娘は絵本の読み聞かせのときも、先生が「パパとママの話だよ」と言うと、
「このパパはほんとのじゃない」と言ったらしい。
「本当のパパは、家に来るの」とも。
先生も最初は微笑ましい空想だと思ったが、日に日に描写が生々しくなり、少し気味悪さを感じたという。
帰宅後、娘に直接聞いてみた。
「りな、“もう一人のお父さん”って誰のこと?」
すると娘は、少し嬉しそうな顔でこう言った。
「こないだ、おふろにいっしょに入ったよ」
「え? ママとじゃなくて?」
「うん。ママいなかったとき。
おふろでね、“いっしょにすんでいい?”って聞かれたの」
背筋が凍った。
「それで、なんて答えたの?」
「“いいよ”って言ったよ。
そしたら、“じゃあ、また夜来るね”って言って、にっこりしてた」
その晩、私は玄関のチェーンをし、全ての窓とドアを確認してから寝た。
深夜、トイレに起きて、ふとリビングを通ったとき、私は見てしまった。
娘が、薄暗い部屋の中で、誰かに手を振っていた。
「……パパ、また来てね」
玄関の方から、ふいに冷たい風が吹き込んできた気がした。
ドアは閉まっていた。
でも、床には濡れた足跡が、1組だけ──玄関から娘の部屋へと続いていた。
■ 解説
一見、子どもの空想に思える「もう一人のお父さん」は、どうやら実在している存在。
ポイント:
- 娘が描いた“父”が主人公とまったく違う人物。
- 冷蔵庫のプリンが減っている=実際に誰かが侵入した形跡がある。
- お風呂に一緒に入った、という発言=物理的接触があった可能性。
- 最後に現れる濡れた足跡は、「実体」が存在した決定的証拠。
つまり、娘の言う“もう一人のお父さん”は、
何らかの意思と形を持って家に入り込んでいる異常存在である。
さらに怖いのは、娘がその存在を受け入れているという点だ。
彼女にとっての“お父さん”の境界線は、もう崩れてしまっている。
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