もう一人のお兄ちゃん

僕の部屋の隣には、母子家庭の兄妹が住んでいた。
兄は小学3年生くらいで、妹はまだ5歳ぐらい。いつも明るくて元気な声が聞こえてくる。母親は夜遅くまで働いているようで、子どもたちは夕方から夜まで二人きりのようだった。

僕の部屋と彼らの部屋は壁一枚で隔てられていて、静かな夜には時折会話が聞こえる。

ある夜、ふと壁越しに妹の声が聞こえた。

「お兄ちゃん、もう遅いから寝ようよ」

「うん、じゃあ電気消すね」

その後、しばらくは静かになったが、10分もしないうちにまた声が。

「お兄ちゃん、トイレ……」

「……わかった、ついていくよ」

トタトタと、子ども二人分の小さな足音が廊下を通り過ぎていく音がした。
それを聞いて、微笑ましいなと思いながら寝ようとしたそのとき。

「お兄ちゃん、まだ帰ってこないの?」

──再び、妹の声が聞こえた。

え? さっき一緒にトイレに行ったはずじゃ……?

戸惑っていると、妹が続けた。

「……もう一人のお兄ちゃん、どこ行ったのかな?」

ゾクリとした。

兄妹は二人暮らしのはず。もう一人のお兄ちゃんなんて、聞いたことがない。
あの足音も、二人分だと思っていたけど──三人だったのか?

翌朝、何気なく母親に会った時に「昨晩の様子が変だった」と話してみた。母親は急に顔を曇らせ、「……またなの?」とつぶやいた。

そして一週間後、その家族は急に引っ越した。
荷物を運び出すのを見ていたが、出てきたのは母親と、まだ幼い妹だけ。

お兄ちゃんの姿は、最後まで現れなかった。

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