大学を卒業し、就職を機に実家を出て一人暮らしを始めて2年。
仕事にも少し慣れてきた頃、久しぶりに実家に帰ることにした。
両親に事前に連絡していたので、母は「楽しみにしてるよ」と電話で言っていた。
当日、最寄り駅からバスに乗り、実家の近くの停留所で降りる。
夕方6時すぎ、実家の玄関の前で深呼吸をしてからインターホンを押した。
……反応がない。
もう一度押すと、しばらくしてカチャ、と鍵が開く音がして、扉が少し開いた。
中からは誰の声も聞こえなかった。
「ただいまー」
玄関に入ると、薄暗い廊下の奥に母の姿が見えた。
でも何かがおかしい。母は無言で、なぜか玄関には来ず、ただこちらを見て立っているだけ。
その目が、どこかうつろだった。
「どうしたの?元気ないじゃん」と言いながら靴を脱ぎ、居間へと入った。
家の中は以前と変わらずきれいに整頓されていたけど、どこか冷たい空気が漂っていた。
台所にも父の姿が見えたが、こちらをチラッと見ただけで無言のまま何も言わない。
「お父さん?俺だけど、帰ってきたよ」
そう声をかけたけれど、父は何も返さなかった。
妙な違和感を覚えつつも、荷物を自室に置き、居間に戻ってきたときだった。
ふと、カレンダーに目をやると、日付が1週間前で止まっている。
テレビもついておらず、食卓にはホコリがうっすら積もっていた。
そんな中、母がポツリと口を開いた。
「……あなた、どうしてここに?」
「え?だって帰るって連絡したでしょ?」
「ううん、何も聞いてないわ。だって……」
そのとき、背後で玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー!」
俺の声だった。
玄関には、スーツケースを持った“俺”が立っていた。
その瞬間、居間にいた両親の顔が恐怖で歪んだ。
そして、目の前の父と母が一斉に言った。
「……じゃあ、あなたは誰?」
解説
この話の恐怖のポイントは、語り手が本人ではないという点です。
- 冒頭から語っていた「俺」は、実家に戻ってきたはずですが、最後に“本物の俺”が帰ってくる。
- つまり、物語の語り手は、**自分が誰かになりすまして実家に侵入していた“何か”**であり、本人ではなかった。
- 両親がずっと無言だったのも、“何か”の異変に気づいていたから。
- 最後に本物の息子が帰ってきたことで、恐怖と混乱がピークに達する。
- 読者は、語り手が最初から“異物”だったと気づいた瞬間、ゾッとする構成。
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