私は今、兄の部屋を片付けている。
兄が事故で亡くなってからもうすぐ一ヶ月になるけど、まだ信じられない。
兄は私にとって優しくて頼れる存在だった。
小さい頃からずっと守ってくれて、友達とトラブルがあったときも、夜道で怖い思いをしたときも、必ず助けに来てくれた。
だからこそ、兄がいなくなった現実が受け入れられない。
今日、母と一緒に兄の遺品を整理していたら、クローゼットの奥から箱が出てきた。
その中には古いノートや手紙、そしてたくさんの写真が入っていた。
懐かしい写真もあれば、見たことのないものもある。
でも、一枚だけ違和感のある写真があった。
小学生くらいの私が、泣きながら誰かに抱きしめられている写真だった。
周囲は暗く、どう見ても夜の公園。私は泥だらけの服を着ている。
抱きしめているのは、兄だった。
ただ、それだけではない。
写真の端に、手首だけが写り込んでいた。
その手首には、鋭い刃物のようなものが握られていた。
私はこの写真の記憶がない。でも、日付を見ると、小学校3年生の夏だった。
母に聞いても、「そんなことあったかしら……?」と曖昧な返事。
不思議に思ってノートの中身を見てみると、兄の手記のようなものがあった。
『あの日、公園で泣いていた妹を見つけた。
あの人に連れて行かれそうになっていた。
間に合ってよかった。
また来るかもしれない。気をつけなきゃ。』
そのあとに、似たような文が何度も繰り返されていた。
『今夜も見張る。妹の部屋の前で寝よう。
部屋に誰か入った形跡がある。妹は気づいていない。』
私は震えながら読み進めた。
『もしものことがあったら、すべてを俺のせいにしていい。
このノートを見たとき、妹はもう一人で大丈夫になってるはずだ。』
最後のページには、こう書かれていた。
『あの日、俺が殺したのは間違っていなかった。
でも、遺体が見つかっていない。
もしまた現れたら……俺はもう、止められないかもしれない。』
兄は、私の知らないところで戦っていた。
私は震えながら、もう一度あの写真を見た。
兄の肩越しに、遠くの木陰に──“何か”が立っていた。
それに気づいた瞬間、ふと気配を感じて部屋の外を見た。
階段の影から、誰かがこちらを見ていた気がした。
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