先週、田舎の祖母の家に泊まりに行った。
築50年以上の木造家屋で、廊下は歩くたびにギシギシと音を立て、夜になると風が窓を揺らす音が響く。
小学生の頃はよく遊びに来ていたが、大人になってからは久しぶりだった。
祖母は相変わらず優しく、夕食後も僕の話をにこにこしながら聞いてくれた。
その夜、布団に入ったとき、祖母がぽつりと話し始めた。
「この家にはね、昔からいるのよ」
「誰が?」
「おじいちゃんが亡くなったあとのこと。夜になると廊下を歩く音がするの。でも姿は見えないの。不思議ねぇ」
少し怖かったが、祖母があまりにも落ち着いているので冗談かと思い、笑って聞いていた。
でも、その表情はどこか真剣で、目が笑っていなかった。
夜中、トイレに起きたとき、廊下を歩いていると突然、背後からギシ……ギシ……と床が軋む音がした。
寒気がして振り返ったが、廊下には誰もいなかった。
怖くなって足早に自室に戻ると、祖母が布団の中で目を覚ましていた。
「どうしたの?」と聞くと、祖母はにこっと微笑んで言った。
「ついてきたのね。あの子、寂しがりやなのよ」
何のことか分からなかったが、それ以上は聞けず、そのまま眠った。
翌朝、台所で朝食の準備をしていた母に、昨夜の出来事を話した。
すると母は、少し戸惑ったような表情を浮かべてこう言った。
「……あんた、何言ってるの?」
「何って……昨日おばあちゃんと話したんだよ」
母は首を横に振った。
「おばあちゃん、去年の秋に亡くなったでしょ? あんた、葬式にも来たじゃない」
頭が真っ白になった。
でも確かに、昨夜一緒にご飯を食べて、布団を並べて寝た。
会話も、手の温かさも、声も──全部、いつもの祖母だった。
混乱したまま部屋に戻ると、畳の上に白い紙が置いてあった。
それは、僕が小学生の頃に祖母に書いて渡した手紙だった。
「また遊びに来るね。おばあちゃん、だいすきだよ。」
そこに新たに添えられた文字があった。
「また遊びに来てね。待ってるから。」
誰が、いつ書いたのか分からない。
でも文字は、祖母の筆跡だった。
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