祖父が亡くなったのは、俺が小学校6年生の夏だった。
その年は特に暑く、蝉の鳴き声がやけにうるさかったのを覚えている。
祖父は昔から無口な人で、よく縁側に座って外を見ていた。
俺はそんな祖父が少し怖かったが、たまに話してくれる昔話はどこか不思議で好きだった。
とくに印象に残っているのが、亡くなる数日前に話してくれた出来事だった。
「……子どものころな、近所の林で“ヒミツの友達”ができてな。
その子はな、人の顔を真似るのがうまかった。
毎日ちがう顔で現れて、でも声はいつも同じなんじゃ」
「ふーん、それって妖怪?」
「妖怪かもしれんし、ただの夢かもしれんな。
でもな、そいつは最後にこう言ったんじゃ。“大人になったら、返してね”って」
「返すって、なにを?」
「さあな……忘れた」
祖父はそれっきり黙ってしまった。
その翌朝、祖父は布団の中で冷たくなっていた。
通夜も葬式もあっという間に終わり、実家に静けさが戻った頃。
押し入れの片づけをしていると、古い箱が出てきた。
中には、色あせた白黒写真が数十枚。
子どものころの祖父や、知らない子どもたちの姿が写っていた。
だが、どれも妙だった。
写真の中に、毎回一人だけ、同じ顔をした子どもが写っている。
髪型も服装も違うのに、顔だけが同じ。
俺は母に「この子誰?」と聞いたが、「知らない」と言われた。
祖父の日記も出てきた。断片的な文章が多かったが、ある一文が目を引いた。
『あいつは今も近くにいる。返すときが近い。』
その夜、俺は夢を見た。
林の中で、白い服を着た子どもがこちらを見て立っていた。
近づくと、顔が……俺の顔だった。
「ありがとう、返してもらうね」
そう言って笑った“俺”の顔が、夢から覚めたあともしばらく頭から離れなかった。
数日後、親戚が集まる中、仏壇に手を合わせていると、
後ろから小さな子どもが覗き込んでいる気配がした。
振り向くと、誰もいなかった。
ただ──
あの白黒写真の、一番最後に写っていた“同じ顔の子ども”が、俺にそっくりだった。
……もしかして、俺は“返された”のか?
それとも、今の俺が“あれ”なのか?
祖父の話は、夢なんかじゃなかったのかもしれない。
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