仕事で遅くなったある夜、終電に間に合わず、最寄りの駅からタクシーを使って帰宅した。
家に着いたのは午前1時過ぎ。
玄関を開けると、どこか懐かしいような匂いがした。実家のような、落ち着く匂い。
靴を脱ぎ、リビングに入ると、テレビがついていた。
そういえば、急いで出たからつけっぱなしにしてたか……?
「ただいま」とつぶやいた瞬間――
「おかえり」
……返事が聞こえた。
一瞬、身体が硬直した。
一人暮らしだ。部屋に誰もいるはずがない。
気のせいかと思い、テレビを消し、シャワーを浴びることにした。
湯を出している間、誰かの足音のような音が脱衣所から聞こえた。
気にしないようにしていたが、鏡をふと見ると、背後に何かが立っていた気がして、慌てて振り返る。
……誰もいなかった。
結局その日は怖くて電気をつけっぱなしで寝た。
翌朝、寝ぼけた頭でキッチンに向かうと、テーブルの上に何かが置いてあるのに気づいた。
おにぎりがひとつ、ラップに包まれて、丁寧に置かれていた。
自分では作っていない。昨日は買って帰ったコンビニ弁当しか口にしていない。
「……誰かが、いた?」
怖くなり、警察に連絡。
部屋を調べてもらったが、侵入の形跡はなかった。
鍵も異常なし、窓も内側から施錠されたままだった。
その日の夜。
再び「ただいま」と言ってみると――
「おかえりなさい。今日は寒かったね」
今度ははっきりと、女性の声がした。
ぞっとしてそのままホテルに逃げた。
翌日、友人にこの話をしたところ「誰か住み着いてるとか?」と冗談交じりに言われたが、笑えなかった。
数日後、引っ越すことを決め、荷物をまとめていると、クローゼットの奥から小さな箱が出てきた。
中には写真が一枚。
見覚えのない女の人と、自分が並んで写っていた。
どこかの公園で、仲睦まじく笑っている。
――だが、俺にはまったく記憶がなかった。
写真の裏には、手書きでこう書かれていた。
「○○くん、おかえりなさい。ずっと待ってたよ」
コメント