ある日、友人の由美から「一人暮らしを始めたから遊びに来て」と連絡があった。
引っ越したばかりのようで、「まだ何も揃ってないけど、それでも良ければ」と言う。
私はちょうど仕事が休みだったので、その日の午後に訪ねることにした。
由美の新居は、郊外の築年数の古いマンションだった。
オートロックもなく、外観は少し古びていたが、内装は意外と綺麗だった。
部屋に入ると、由美が笑顔で出迎えてくれた。
「散らかっててごめんね。まだダンボールも開けてないの」
そう言ってお茶を出してくれた。たしかに、部屋の隅にはまだ開封されていないダンボールがいくつか積まれていた。
久しぶりの再会に、私たちは学生時代の話や近況報告で盛り上がった。
ふと気づくと、夕方になっていた。
「そろそろ帰らなきゃ」と私が言うと、由美が困った顔をした。
「ちょっと待って、玄関の鍵、壊れちゃってるみたい。ドアが開かないの」
そんなはずはないと思い、私もドアノブを回してみた。確かに、内側の鍵も開いているのに、ドアはピクリともしない。
「え? 閉じ込められた?」と笑いながらも、だんだん不安になってくる。
「管理会社に電話してみる」と由美が言ったが、なぜかスマホの電波が圏外になっていた。
私のスマホも同じ。仕方なくWi-FiでLINEを送ったが、なぜか既読がつかない。
部屋にいると、だんだん息苦しいような、落ち着かない気分になってくる。
それから数時間、ふたりで玄関を叩いたり、窓から助けを呼ぼうとしたけれど、誰も通らない。夜が更けて、仕方なく床に毛布を敷いて寝ることにした。
翌朝、目が覚めると──私はひとりだった。
由美はいない。
探しても、どこにもいない。
玄関に行くと、ドアはすっと開いた。
私は混乱しながら部屋を出て、近くの交番に駆け込んだ。
「由美って友人が、昨日ここで──」と言うと、警察官が怪訝そうな顔をした。
「えっと、ここに誰か住んでた記録はないですね。少なくとも、この部屋はずっと空室ですけど…」
部屋に戻って確認してみると、荷物も家具も何もなかった。
ただひとつ、床にダンボールが一つだけ残っていた。
その側面に、こう書かれていた。
「ようこそ。次はあなたの番。」
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