僕には二つ年上の兄がいる。
小さい頃からずっと仲が良くて、どこに行くにも一緒だった。
ただ、兄ちゃんは少し変わった子だった。
外で遊ぶのが苦手で、友達ともあまり話さず、僕とだけよく喋った。
それでも僕は、兄ちゃんのことが大好きだった。
ある日、兄ちゃんが僕の部屋に来て、「これ、お前にやるよ」と古びたノートを差し出した。
中には、手書きでびっしりと日記のようなものが書かれていた。
『今日はまた、お母さんに怒られた。僕が悪いんじゃない。あいつが嘘をつくからだ。』
『夜中に物音がする。僕はちゃんと寝てるのに、なぜか叩かれる。』
読むにつれて、内容が少しずつおかしくなっていく。
『昨日、あいつの机を見たら、僕の写真が破られていた。』
『あいつが全部悪い。僕がいなくなれば、アイツが家族になると思ってるんだ。』
「これ、どういう意味?」と聞くと、兄ちゃんは笑ってこう言った。
「昔のことだよ。忘れていいよ。」
それからしばらくして、兄ちゃんは遠くの高校に進学することになった。
寮に入るということで、家からいなくなった。
僕は寂しかったけど、兄ちゃんのことだから新しい場所でもうまくやれると思っていた。
ある日、母が僕に言った。
「あなた、兄ちゃんに手紙書いてあげなさい。きっと喜ぶわよ。」
僕は久しぶりに兄ちゃんのことを思い出し、机の引き出しから例のノートを取り出した。
最後のページには、こう書かれていた。
『明日、僕はいなくなる。全部、あいつのせいだ。』
なんだか嫌な気持ちになって、母に見せようと階段を降りる途中、電話が鳴った。
母が出ると、表情が変わった。
「……はい……はい……そんな……ええ……遺体確認は……」
僕はその後ろで凍りついた。
“遺体確認”という言葉が、妙に耳に残った。
電話が終わった母が、振り返って僕に言った。
「……今の、兄ちゃんの高校からだったの。…事故で…亡くなったって…」
僕は言葉が出なかった。
部屋に戻ると、ノートを机に置いたまま、しばらく動けなかった。
でも、ふと気づいた。
ノートの最後のページが、一行だけ増えていた。
『ありがとう。最後にお前が読んでくれて、嬉しかった。』
インクは、乾いていなかった。
解説
この話の怖さは、兄のノートが“今も更新されていた”という点にあります。
- 兄は生前、弟に強い執着と誤解を抱いていた。
- 最後のページに「明日、僕はいなくなる」と書いていたことから、自殺の可能性もある。
- しかし、兄が亡くなった直後にページが増えており、その文字のインクは乾いていなかった。
つまり――
- ノートは“死後”にも関わらず追記された。
- 兄は今もこの世に残っており、弟を見続けているのでは?という含みがある。
しかも内容が「ありがとう」という感謝に変わっているため、救いと同時に、「それでもまだ見ている」という不気味さを残して終わっています。
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