俺の妹は、小さい頃から同じぬいぐるみを抱いて寝ていた。
白くてふわふわの犬のぬいぐるみで、名前を「シロ」とつけて可愛がっていた。
どこに行くにも一緒で、寝るときも食事のときも、常に隣にいた。
幼稚園のころから中学に上がるまで、妹にとっては“家族”のような存在だった。
ある日、俺が高校に進学し、妹が中学2年になった頃。
ふと気づいたのは、あの「シロ」がいつの間にか姿を消していたことだった。
「そういえば、最近シロ見ないな」と言うと、妹はこう答えた。
「うん、もう一緒に寝なくなった。なんか、目が合うと怖くて」
冗談かと思ったが、それ以来、妹はシロを一切触れようとしなかった。
代わりに、部屋の押し入れの奥にしまってあるらしい。
月日が経ち、妹も高校生になった。
進学祝いで部屋をリフォームすることになり、業者が押し入れを片付けていると、「あ、これ捨てていいですか?」と声をかけてきた。
それは……例の「シロ」だった。
埃まみれで、毛も薄汚れていて、まるで別物のようになっていた。
妹は一瞬固まったあと、「うん、もういらない」とだけ言った。
その夜。
深夜に目が覚めて、喉が渇いて台所に行こうとしたとき、妹の部屋の前を通った。
……中から、声が聞こえた。
「どうして捨てちゃったの?」
「さみしかったよ……」
小さな声で、何かと会話しているような気配。
怖くなって、ノックした。
「……おーい、大丈夫か?」
返事がない。
ドアを開けると、妹は布団の中で目を閉じて寝ていた。
テレビもスマホもついていない。部屋は静かだった。
翌朝、妹に「昨夜誰かと話してた?」と聞いてみたが、「え? 寝てたよ」と笑われた。
俺はあの声が、夢だったのかもしれないと思うことにした。
それから1週間後、町内で不審火が起きた。
倉庫が全焼したらしい。
ニュース映像を見て、俺は息をのんだ。
焼け跡から回収された焦げた物の中に、見覚えのある白いぬいぐるみがあった。
名前の書かれたタグが、かろうじて読めた。
──「シロ」
妹に確認すると、「あのとき、押し入れの袋にまとめて“倉庫に寄付した”って言ったでしょ」と。
でも、俺は聞いていない。
そもそも、妹がシロを捨てたのは先週のことだった。
……じゃあ、あの夜、妹の部屋にいた“シロ”は、いったい何だったのか?
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