隣人は誰にも見えない

都内で一人暮らしを始めて3ヶ月目。
築浅・セキュリティ完備・駅近という条件にしては、家賃が少し安いなとは思ったが、特に気にせず住んでいた。

ある日、エレベーターで同じ階の住人とすれ違った。
中年の女性で、どこか無表情でうつろな目をしていた。
「こんにちは」と挨拶したが、無反応。少し気味が悪かったが、そういう人なのかと思った。

その日からだった。
隣の部屋から、毎晩のように奇妙な音が聞こえるようになった。

まず気づいたのは「壁を叩く音」。
ドンドン…と一定のリズムで、夜中の2時ごろになると決まって始まる。
次第にそれは「かすれた声」に変わり、「出して」「いるの」など、聞き取れるようになってきた。

最初は空耳かと思っていたが、録音してみると確かに音声が入っていた。
管理会社に連絡しても、「上の階かも」と曖昧な返事。
警察に相談しても、「証拠がないと何とも」と相手にされない。

数日後、思い切って隣人について調べてみた。
部屋番号は「402号室」。私が住んでいるのは401号室だ。
だが、マンションの管理サイトの住人一覧に、402号室の入居者情報だけが空欄になっていた。

不審に思い、管理人に直接聞いてみると――
「あの部屋…入ってないと思いますけど。ずっと空室ですよ?」

背筋が凍った。
あの日、エレベーターで会った女性は誰だったのか。
毎晩の音と声は誰のものなのか。

その夜も、やはり音は聞こえた。
私は意を決して、深夜2時に隣のドアの前に立った。
インターホンを押しても無反応。鍵はかかっている。

だが、ドアの郵便受けから中を覗いたその瞬間――
覗き穴の向こうに、こちらを覗き返す目があった。

悲鳴をあげて逃げ出し、朝まで一睡もできなかった。
翌朝、管理人に鍵を開けてもらい、中を確認してもらったが…中は空だった。
家具も、生活の痕跡も、何もない。まるで、何年も人が入っていないような埃とカビの臭いがするだけ。

それ以来、音は聞こえなくなった。
だが、ときどき、深夜の廊下であの目に見つめられているような感覚に襲われる。

そして最近になって、気づいた。
私の部屋の鍵…いつの間にか差し込んだ跡が増えている

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次