隣人の記録ノート

一人暮らしを始めて3ヶ月ほど経ったころ、隣の部屋に新しい住人が引っ越してきた。

30代くらいの男性で、どこか人付き合いに不慣れな雰囲気だった。
すれ違うたびに軽く会釈はするが、会話は一度もなかった。

ある夜、帰宅して部屋に入ろうとしたとき、ふと隣のドアに目がいった。
表札の名前が、なぜか**“自分の名前”**になっていた。

驚いて二度見するが、間違いなく自分の名前。
気味が悪くて管理会社に確認しようかとも思ったが、そのままやり過ごした。

翌朝、ゴミ出しに行くと、エントランスにある掲示板に、手書きのメモが貼られていた

「◯◯(←私のフルネーム)は嘘つき。隠していることがある」
という内容だった。

誰が書いたのかはわからない。だが、名前まで一致している以上、偶然とは思えなかった。

その夜、ポストを開けると、一通の封筒が入っていた。
差出人の名前は書かれていない。
中にはノートの切れ端のような紙が一枚。

《◯月◯日 22:17 帰宅。服の色:黒のパーカー。手にはコンビニ袋。右足を少し引きずっていた。》
《◯月◯日 22:45 カーテンが閉じた。おそらくシャワー中。30分後に電気が消える。》

自分の行動が、細かく記録されていた。
それも、1日2日ではない。何日にもわたって――。

(…隣のやつだ)

確信した俺は、翌日からカーテンを閉め切り、玄関から出るときはなるべく足音を立てないようにした。

それでも記録は続いていた。
また別の日のポストには、こう書かれたメモが入っていた。

《嘘をやめないと、いつか取り返しがつかなくなるよ》

「嘘」とは何のことか分からない。
何も隠してなどいない。ただ普通に暮らしているだけだ。

怖くなって交番に相談するも、「証拠がないから対応できない」と言われた。
防犯カメラも建物には設置されていない。

翌週、管理会社に連絡を取ってみたが、「隣人は身元もきちんとした方です」とだけ返された。

そんなある日、玄関のドアの前に新しいノートが置かれていた。
びっしりと手書きの文字が並び、自分の生活が1分単位で記録されていた。

ページの最後には、こう書かれていた。

《君は嘘を重ねた。僕はすべてを見ていた。君が“なにを隠しているか”も、もうすぐ暴くことになるだろう》

その夜から、眠れなくなった。

ドアの外で物音がする。郵便受けのフタが、深夜にバタンと閉まる。
壁越しに、誰かがメモを書くような音が聞こえる。

(引っ越さなきゃ……)

そう思い、翌日から物件を探し始めた。

だが不思議なことに、どの物件も、仮申し込みの直後に「キャンセルになりました」と断られた。
立て続けに4件。すべて同じ。

その夜、ドアポストからまた1枚、紙が差し込まれた。

《君の嘘を連れて、他の場所に行こうとしているの? それはダメだよ。ここで正さないと》

ついに限界を迎え、実家に戻ることにした。

最終日の深夜、部屋の荷物をまとめていたとき、インターホンが鳴った。

画面に映ったのは、こちらをじっと見つめる隣人の男
手には、例のノートを持っていた。

「話しましょう、嘘について」

その声を最後に、引っ越した。

今もあのノートの内容が、どこかで書き足されているかと思うと、夜が怖い。

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