大学進学を機に、私は小さなワンルームマンションに引っ越した。
古びた建物だったが、駅から近く、家賃も安かった。
最初の一ヶ月は特に問題もなく、快適に暮らしていた。
だが、引っ越してからちょうど一ヶ月が経った頃だった。
夜、就寝前にふと「コンコン」とドアをノックされる音が聞こえた。
時計を見ると、午前2時。
不審に思いながらも覗き穴を覗くと、誰もいない。
気のせいかと思って寝たが、次の夜も同じ時間に「コンコン」とノックがあった。
不気味だったが、覗いてもやはり誰もいない。
さすがに気味が悪くなり、管理会社に相談した。
だが、「防犯カメラには何も映っていない」とのことだった。
それから数日後。
今度は夜だけでなく、日中にもノックされるようになった。
「コンコン……」という音は、必ず決まったリズムだった。
まるで何かの合図のように、一定のテンポで2回。
ある日、思い切ってノックがあった直後に勢いよくドアを開けてみた。
すると――
向かいの部屋のドアがゆっくり閉じていくのが見えた。
その瞬間、私は気づいた。
「犯人」は向かいの部屋の住人だったのだ。
だが、これまで挨拶もしたことがなく、住んでいる気配すら感じなかった。
郵便受けもいつも空で、夜になっても電気はつかない。
それなのに、ドアは確かに“誰かが”開け閉めしていた。
翌日、思い切って向かいの部屋をノックしてみた。
…返事はない。
仕方なく帰ろうとしたその時、ドアの下から紙が一枚スッと滑り出てきた。
そこには、こう書かれていた。
「今夜、来ます」
慌てて管理会社に連絡し、警察にも通報した。
その夜、警察官が部屋に待機してくれたが、何も起こらなかった。
しかし、数日後。
私が大学から戻ると、ドアノブに紙切れが挟まれていた。
「また逃げたね。でも、今度は中に入るよ。」
警察に再度相談すると、驚くべき事実が分かった。
向かいの部屋には、実は誰も住んでいなかった。
前の住人は3ヶ月前に「事件に巻き込まれて行方不明」になり、以来ずっと空室だったという。
しかも、その住人の最後の通報内容が記録に残っていた。
「夜中に、隣からノックの音がする。ドアを開けると誰もいない。」
私の話とまったく同じだった。
現在、向かいの部屋は封鎖されている。
だが、私は今でも時々、夜になるとあのリズムが聞こえる気がする。
「コンコン……」
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