大学に入学してすぐ、一人暮らしを始めた。
家賃を抑えるため、古いけれど駅に近いアパートを選んだ。
築40年のその建物は木造で、2階建て。私は1階の101号室に住んでいた。
引っ越し当初、特に問題はなかった。
隣の部屋(102号室)には誰か住んでいるらしかったが、物音は少なく、顔を合わせることもなかった。
ある夜、バイト帰りに部屋のドアを開けようとしたときのこと。
鍵を挿そうとすると、鍵穴に何か詰まっていて、うまく入らない。
懐中電灯で照らしてよく見ると、すでに誰かが中から鍵を回しているような傷が鍵穴の周囲についていた。
(誰かがいたずらしたのか?)
気味が悪くなり、大家に相談した。
「最近、変な人がウロウロしてるって他の住人からも聞いててね。鍵穴、交換しておくよ」
そう言われ、翌日には新しい鍵になっていた。
それで安心するかと思いきや、問題はそれからだった。
夜中、ドアの向こう側で何かをいじっている音が聞こえるようになったのだ。
カチャ…カチャカチャ…
まるで、何本もの鍵で順番に開けようとしているかのような音。
(酔っ払いか? それとも本当に誰かが…)
ある日、意を決してドアスコープから外を覗いた。
誰もいなかった。
不安になり、ドアの内側に簡易の補助錠を付けた。
さらにチェーンロックを強化し、部屋の中でも常に鍵をかけて過ごすようになった。
だがある晩、アルバイトから帰ると――
ドアの前に、見覚えのない鍵束が落ちていた。
4〜5本の鍵。全てが金属製で、色や形が微妙に違う。
それを拾い上げた瞬間、ぞっとした。
その中の一本が――
私の部屋の鍵と完全に一致していたのだ。
慌ててドアを確認したが、鍵穴は無傷。
誰かが合鍵を持っていて、それを落とした?
それともわざと置いていったのか?
怖くなってすぐに警察へ届けた。
警察は鍵束を預かってくれたが、「落とし物の可能性もある」と、さほど真剣には受け取っていない様子だった。
その夜は一睡もできなかった。
次の日、管理会社に問い合わせた。
「その部屋、過去に鍵を交換した履歴ってありますか?」
しばらくして、こう返ってきた。
「この物件、実は**一度も鍵を替えたことがないんです。初期のままですから…」
「え? でも私、先週交換しましたよね?」
「いや…101号室の鍵の交換記録、こちらには何も…」
背筋が凍った。
私が頼んだはずの「大家」と名乗った男は、一体誰だったのか。
連絡先も名刺もなく、アパートの掲示板に貼ってあった電話番号にかけたのに――それすらももう繋がらない。
私は即日で部屋を引き払った。
今でも思う。
あの時、もし中で寝ていたら、誰かが合鍵で入ってきたんじゃないかと。
そして、あの鍵束をわざと落としたのは――「また来る」と知らせるためだったのではないかと。
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