当時、俺は地方の新聞社に勤めていた。
取材のためにある田舎町を訪れたのは、梅雨の真っ只中だった。
駅から車で20分ほどの小さな集落。
目当ては、地元で語られる「迷子神社」という場所に関する地域伝承だった。
神社は山の中腹にひっそりと建っており、昔から“迷子が帰ってくる場所”として地元では信仰されていたという。
取材の帰り、夕暮れ時になって道を間違えた俺は、山道の途中で迷ってしまった。
細い舗装路を歩いていると、突然、茂みの奥からパキパキと音が聞こえた。
反射的に身構えると、茂みの隙間から小さな女の子が出てきた。
年の頃は小学校低学年くらい。赤いランドセルを背負っていた。
こんな時間に? こんな場所で?
不安に思い「大丈夫?」と声をかけると、女の子は首をかしげて言った。
「おじさん、探してるの? だれかを」
俺はなんとなく頷いた。すると彼女は、
「じゃあ、つれてってあげるよ」と言って先に歩き出した。
少し不気味に感じつつも、彼女の後をついて行くと、10分ほどで見覚えのある道に出た。
「ありがとう」と声をかけようとした瞬間──
女の子の姿は、もうどこにもなかった。
後日、取材した資料を整理していると、「迷子神社」の一件にまつわる記事を古い新聞から見つけた。
10年前、山中で小学1年生の女の子が行方不明になり、最後に目撃されたのは“迷子神社の付近”。
赤いランドセルを背負っていたという。
ぞっとした。あの子は、あの事件の──?
その日の夜、ホテルで眠っていると、部屋の窓をノックする音がした。
「コン……コン……コン……」
カーテンを開けると、何もいない。
でも、ふと足元を見ると、窓の外側に小さな泥の足跡が残っていた。
俺の部屋は4階だった。
次の日、慌ててその町を離れた。
会社に戻ってから、上司に「取材どうだった?」と聞かれ、「少し変なことがあって」と言いかけたとき、同僚がふと割って入った。
「そういえばこの間、俺もその町の神社で女の子に道案内されたって話してたやついたよな。……名前、なんて言ったっけ?」
ぞくりとした。
あの子は今も、誰かを探して──
あるいは、誰かを“連れて”いるのかもしれない。
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