大学時代、私は知人のツテで見つけた格安アパートに住んでいた。
築年数は古かったが、駅も近く、家賃も安い。なにより大家さんがとても親切だった。
「困ったことがあったら、いつでも言ってね」
そう言って、合鍵を1本渡された。「何かあったときのため」とのことだった。
特に気にせずそのまま生活していたが、半年ほど経った頃から、違和感を覚えるようになる。
・帰宅すると、ドアチェーンの角度が微妙に違う
・置いたはずの歯ブラシの向きが変わっている
・ゴミ箱の中に、自分が捨てていないはずのレシートが混じっている
「自分の勘違いだろう」と思い込もうとしたが、ある日決定的なことが起きた。
夜、帰宅すると、部屋の空気が変だった。
誰かがいたような、そんな感覚。玄関に置いた靴の位置も微妙にズレていた。
怖くなってスマホを充電しながら録画モードにし、翌日も同じように仕掛けた。
結果──映っていた。
午前中、大家と思われる人物が合鍵で入室し、部屋の中を歩き回っていたのだ。
引き出しを開け、冷蔵庫の中を確認し、ベッドの上に腰を下ろしていた。
その表情は笑顔でも親切でもなく、まるで“見守っている”ような目つきだった。
すぐに警察に通報し、映像を提出した。
だが「合鍵を渡していた」という事実があるため、犯罪にはならない可能性が高いと言われた。
念のため部屋を出て、別の物件に移ることにした。
引っ越しの最中、ポストに手紙が入っていた。
封筒の中には、部屋の鍵と、手書きのメモ。
《見守るだけでした。本当に好きでした。あなたは私の唯一の家族みたいだった》
──私はその人と血縁関係など一切ない。
家族のように思われていたことに、私は最後まで背筋が凍った。
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