訪問者リスト

大学の春休みに、知人の紹介でビル管理会社のアルバイトをすることになった。
業務内容は単純で、テナントの入れ替え時に空室を巡回したり、防犯カメラのチェックをしたりするだけだった。

問題のビルは、都内の古い雑居ビル。6階建てで、上の階はほとんど空室だった。エレベーターも古く、ギィギィと音を立てながらゆっくりと昇る。

その日の業務は、最上階6階の空室確認と巡回。
同行した社員がメモ用紙を差し出しながら言った。

「これ、前回の巡回時に記録した“訪問者リスト”な。もし誰かとすれ違ったら、名前を控えてくれ。管理上、必要だから」

空室に人なんて来るのか?と思いながらも、念のため持っておくことにした。

6階に到着すると、廊下にはひとりの女性が立っていた。
ワンピース姿で、無表情。こちらに気づいても動かず、じっとドアを見つめている。

「こんにちは。どちらにご用でしょうか?」

声をかけたが、返事はない。ただ立っているだけだった。

少し怖くなりながらも、その場を離れようとしたとき、女性が小さく口を開いた。

「……帰れなくなったの」

意味が分からず、社員に報告しようと振り返ると、女性の姿は消えていた。

急いでフロアを確認したが、階段もエレベーターも反応なし。まるで最初から存在しなかったように、誰もいなかった。

その日の業務報告のとき、なんとなく社員にあの出来事を話した。

「ああ、6階で女の人見たんだ?」

「えっ、なんで分かるんですか?」

社員は、黙って“訪問者リスト”を指差した。

そこには、すでに手書きで名前が書かれていた。

『佐野みさき』

誰が書いたのかも分からない。僕は一度もその名前を聞いていないし、書いた覚えもなかった。

その日以降、僕はそのビルに行くのをやめた。

しばらくして、その社員が突然退職したと聞いた。

理由は、6階の監視カメラに毎晩“ある女性”が映るようになったからだという。
訪問者リストには、今も定期的に新しい名前が書き足されているらしい。

社員も、管理人も、誰も書いていないのに。

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